地方の衰退・人口減少が止まらない。そうした状況下で地域の特徴的なまち並みや地域企業の工場、ものづくりの技術などを活用し、新たな観光資源とすべく取り組んでいる地域がある。「何もないまち」などなく、地域に埋もれた素材をどう生かすか。あなたのまちでも今すぐ取り組める、四つのモデルケースを紹介する。
鉄道もまちも再生する、奥多摩発 「沿線まるごとホテル」の挑戦
東京都心から電車でおよそ2時間。奥多摩は、豊かな自然と日本の原風景を残す地域だ。他方、近年では過疎・高齢化が進み、鉄道利用者も年々減少。地域の存続が危ぶまれる状況が続いている。それを打開すべく、今、鉄道沿線を一つのホテルに見立てて、まるごと楽しめるサービスを創出する取り組みが進行している。
1万人より100人が100回訪れる地域を目指して
JR青梅線は、立川駅(東京都立川市)から奥多摩駅(西多摩郡奥多摩町)を結ぶ路線だ。そのほぼ中間に位置する青梅駅以東にはJR中央線が乗り入れ、東京都区部への通勤・通学輸送の一角を担っている。一方、青梅駅から奥多摩駅までは「東京アドベンチャーライン」の愛称通り、豊かな自然の中を走る観光路線としての性格を併せ持つ。しかし、近年では沿線地域の過疎化が進み、鉄道利用者数も右肩下がりで減少。このままでは地域や鉄道路線の存続にも関わる。
そうした状況を打開するため、始動したのが「沿線まるごとホテル」プロジェクトだ。駅とその周辺に点在する地域資源を生かし、鉄道沿線の地域を“一つのホテル”に見立てて再編する。例えば、無人駅の駅舎をホテルの「フロント」に、沿線の空き家を「客室」に、住民を「キャスト」として、地域全体でホテル運営を行うことで、沿線をまるごと楽しめるサービスを提供しようというものだ。「1万人が1回訪れるよりも、100人が100回訪れる持続可能な地域づくり」を目標に掲げる。 「2019年頃、JR東日本八王子支社の社員が、隣接する山梨県小菅村で展開されていた『700人の村がひとつのホテルに』という取り組みを見て、『奥多摩でもできるのでは』と考えたのがそもそもの始まりです。その後、コロナ禍で人の移動が制限され、継続的に人を呼べる仕組みが必要だと痛感して、このプロジェクトが本格的に動き出しました」と、沿線まるごとのコーディネーター、溝口謙太さんは発端を説明する。
JR東日本と地方創生事業を手掛ける「さとゆめ」が共同出資して21年に同社を設立。新しい旅の在り方を提案することで、沿線活性化の取り組みに乗り出した。
空き家と無人駅を資源に地域と築くホテルが誕生
奥多摩の魅力は、東京都でありながら古き良き日本の風景を残しているところだ。駅ごとに異なる文化や歴史が息づいており、「奥多摩全体がディズニーランドのように多彩」と溝口さんは言う。それをどう観光客に伝え、旅先として選んでもらうかを検討する中で着目したのは空き家の多さだった。地域にとってはネガティブな課題だが、同社はこれをチャンスと捉えた。給水システムや広い庭などの資源は、使い方次第で価値になる。そこで社員自ら歩いて空き家を探し、地元住民に所有者を聞いて直接交渉して回った。ようやく射止めたのは、養魚場の跡地にあった空き家だ。大家がプロジェクトに強く共感したことが決め手となった。 「応援してくれる方もいれば、新しい宿泊施設ができることに不安を覚える方ももちろんいました。やはり地元の理解は不可欠なので、地域のキーマンといわれる方々に協力してもらい、このプロジェクトについて説明する機会を設けてもらいました。丁寧に対話を重ねる中で地域の方との接点が広がり、仲間が増えていきました」
また、青梅線には11の無人駅がある。その一つにホテルのフロントを設置し、電車を降りたらすぐにチェックインできる仕組みを考案した。駅舎を有効活用できると同時に、観光客も近隣を自由に散策することができる。 「プロジェクトを進めるに当たっては、建築家や庭師、ブランディングの専門家など外部のエキスパートにも協力してもらい、それぞれの知見を掛け合わせながら形にしていきました」
空き家や駅舎を改修し、沿線まるごとホテル「Satologue(さとローグ)」が完成。24年5月にレストランとサウナ施設が先行して開業し、25年5月に宿泊棟がグランドオープンした。
宿泊だけじゃない地域参加型の奥多摩体験
同ホテルで過ごす時間は、ゆったりと流れる。庭を散歩したり、畑で野菜の収穫体験を楽しんだり、サウナで整ったり―。もちろん、里山の緑や眼下を流れる多摩川のせせらぎに癒やされながら部屋でくつろぐのもいい。夕食には地元の食材を使い、フレンチをベースに調理した「沿線ガストロノミー」を堪能。自家農園で栽培した野菜や地元の漁師から仕入れた川魚、地域の牧場の肉などを使ったメニューが提供され、時には宿泊客が収穫した野菜が出てくることもある。レストランに併設されたバーラウンジには、地元の酒蔵の日本酒などがそろっており、宿泊客であれば自由に飲める。 「ホテルから少し足を延ばせば、自然を満喫できるスポットがたくさんあります。駅に備えてある電動アシスト自転車や電動トゥクトゥクに乗って遠出をしてみたり、森林浴やカヤックを楽しんだり、ワサビ田で天然ワサビを収穫するなど、アクティビティーも多彩なので、ぜひ体験してほしいです」
また、地域の人々との関わりも同ホテルの大きな特徴だ。地域の人々は宿泊客を駅まで迎えに行き、ホテルへの送迎を行ってくれるほか、自家農園の手入れや栽培の指導、食材の提供、客室の清掃など、多方面で協力してくれる。実際、約30人の地域住民のほか、四つの自治体、観光協会や商工会議所など20を超える地域事業者・団体などと協業しており、地域を挙げてにぎわいを創出しようとしている。
新しい地域活性化モデルを小さな沿線から広げる
こうした一連の取り組みは、「第7回ジャパン・ツーリズム・アワード」で「国土交通大臣賞」と「学生が選ぶジャパン・ツーリズム・アワード賞」をW受賞したほか、「ニューズウィーク日本版SDGsアワード2024」で最優秀賞・地域課題部門賞を獲得するなど、各方面から評価されている。メディアに幅広く取り上げられたこともあり世間から注目を集め、5月のオープンに先立って1月から予約受付を開始したところ、3カ月で100件以上の予約が入った。オープン後の稼働率も平均50%を維持し、採算は取れているという。 「SNSで情報発信したり、ホテルのコンセプトムービーを配信するなど、PRに努めています。その際、『沿線まるごとホテル』の理念や、どのように奥多摩を盛り上げていきたいのかを意識して伝えるようにしています」
同社は、6月に奥多摩町、さとゆめ、エイチ・アイ・エスとともに「新しい目的地づくり」に関する4者協定を締結した。奥多摩地域の豊かな地域資源を国内外に広く発信し、インバウンドの受け入れにも力を入れていく方針だ。その中で同社は、ホテルの魅力をさらにブラッシュアップするとともに、地域イベントへの参加や講演活動、清掃などにも積極的に取り組み、地域との連携を強めている。 「青梅線沿線のツーリズムモデルを確立するのが目下の目標です。ただ、過疎・高齢化の課題を抱える鉄道路線はたくさんあり、現在、他沿線でも、同ツーリズムモデルに従った第2弾となるプロジェクトが進行しています。今後はJRや私鉄に関係なく『奥多摩発 地方創生モデル』を広め、2040年までに全国30沿線での事業展開を目指しています」と溝口さん。
東京の西の果てで始まった挑戦は、全国の過疎地域に希望のモデルを示している。
会社データ
社 名 : 沿線まるごと株式会社
所在地 : 東京都西多摩郡奥多摩町棚澤390
電 話 : 0428-85-8190
HP : https://marugotohotel-omeline.com
代表者 : 嶋田俊平 代表取締役
従業員 : 8人
【青梅商工会議所】
※月刊石垣2025年10月号に掲載された記事です。
