主に女性が使用することを想定し、手の平になじむよう、直径76㎜、重さ110gというサイズに落ち着いた
富山県高岡市で、ダイカスト鋳造、金型・板金・各種機械加工など、幅広く扱っているナガエ。そんな同社が金属加工の技術を生かして製作したアルミニウムのツボ押し「コリネット」が、発売1年半で5万個超を売り上げ、静かなブームとなっている。ユニークな形状や美しい鏡面仕上げから、アート作品のようにも見える同商品。その誕生の過程を追う。
社外デザイナーの作品を商品化
コリネットとは、フランス語で〝小さな丘〟を意味するという。その名の通り、なだらかな曲線から成る突起やくぼみが体のさまざまな部分にフィットし、素材の適度な重みにより、わずかな力で心地良い刺激が得られるよう設計されている。発売後、そのデザイン性から「美しすぎるツボ押し」と評判を呼び、女性を中心に好調な売れ行きを続けている。
富山県高岡市は金属加工が盛んで、400年の歴史を持つ高岡銅器の産地としても知られている。コリネットを製造したナガエは、この地でアルミ製品用プレス金型や工作機械のメーカーとして創業後、ガスメーターや自動車の工業部品から、住宅・エクステリアの建材部品、花器や置き物などのアート商品、仏像や仏具に至るまで、幅広い製品の製造を次々と手掛けてきた。
「当社が何の会社か、ひと言で説明するのは難しいです。ただ、高岡周辺の金属加工会社は工程の一部を専門に請け負うところが多いんですが、当社は企画・開発から製造・販売まで、全工程を自社で行っているのが大きな特徴。おかげで私自身も把握しきれないほど多くの製品を扱っていますよ」と同社社長の熊木信雄さんは笑う。
とはいえ、同社にとってツボ押しは初めて手掛けたアイテムである。製造するきっかけとなったのは、平成23年に開催された「富山県プロダクトデザインコンペティション」。そこでグランプリを受賞したデザイナー・松山祥樹氏の作品を見て、「これは売れる」と直感したことに端を発する。
「ツボ押しのイメージとは程遠い洗練されたデザインは、当社のアート商品と通ずるものがありました。当社ならさまざまな金属素材を扱っていますし、金型から仕上げまで全て自社工場でできます。その強みを生かして、商品化に名乗りを上げました」
妥協せずに何パターンも試作を繰り返す
同年11月、開発に着手した際にこだわったのは見た目だった。もともとコンペに出品された作品は足ツボ用に特化したデザインだったため、縁が角ばっていたり、深めの溝が設けられていたりと全体に凸凹しており、少々ごつい印象だったのだ。
そこで、最初は3Dプリンターを使い、美しいフォルムを追求した。突起の高さや尖り具合を変えたり、傾斜を変えてみたりと、微妙に形状の異なるものを何パターンもつくった。その中から納得のいくものだけを鋳造し、サイズや重さを模索した。
「正直、すぐにできると思っていたんですよ。しかし実用品ですから、単に見た目が美しいだけではいけません。メーンユーザーを女性と想定して、手に持ったときのフィット感や疲れない重さを見いだすまで、思った以上に時間がかかってしまいました」
それと並行して手こずったのが材料だ。当初からアルミニウムを使うと決めていたが、通常のアルミ合金では変色や腐食が避けられない。「ユーザーはこの製品をお風呂で使うかもしれない」など、さまざまな利用シーンを考慮し、安全で劣化しない材料を見つけるまで、さらに30パターン以上もの試作を繰り返した。
試行錯誤の末、普段はほとんど使わない特殊なアルミ合金を使うことになった。それを通常より20度高い約700度でドロドロに溶かし、中にすが入らないよう、圧力をかけながら金型に流し込む。そして、成形されたものを研磨して仕上げた。
「複雑な形だけに機械で磨くことができないので、職人が手作業で磨かなければなりません。慣れた人でも1日100個つくるのがせいぜい。しかし、仕上げが手作業だからこそ、ここまできれいな鏡面にできるんです」 苦労の末、ようやく美しいツボ押しが完成した。
商品を売るにはストーリー性も必要
コリネットは24年9月に1900円(税別)で発売されたが、当初は5000円くらいを予定していたという。材料費や金型の消耗、製作の手間を考えると、妥当な価格設定と思われた。
「しかし、発売の少し前に東京・青山で木製のツボ押しが800円で売られているのを見て、さすがに5000円じゃ売れないのでは、と急に弱気になりまして。そこで社内外の支援を得てコスト改善に努め、最終的に2000円を切る価格にしました。正直、これではもうかりませんが、当社の金属加工技術を世に知ってもらうための商品と位置付けて売ることにしたんです」
しばらくは大した反響もなかったが、25年3月に関西のローカル番組に取り上げられたのを機に火がつく。テレビ放送直後から電話やFAXが殺到し、問い合わせは1日数千件にも及んだ。それをきっかけに他の番組にも取り上げられ、さらに認知度が上昇。一時は品薄状態になるほど売れ行きを伸ばし、現在このジャンルの商品としては上々の累計販売個数5万個超を売り上げた。
「以前は新しいアート商品を開発するたび、展示会に出展してアピールしてきました。そこでは大変いい評価をいただくんですが、商売にはつながりませんでした。どう売っていくかが当社の長年の課題だったわけですが、コリネットがテレビで紹介されてからは、商品は単なる性能だけでなく、どうやって生まれたのかというストーリー性も必要なのだと思うようになりました。コリネットなどは、ただ置いてあったら何に使うか分かりませんが、実は特殊な材料が使われているツボ押しで、さまざまな工夫が凝縮され、職人が一つひとつ丁寧に磨いているんですよ、としっかり伝えれば、売り手もユーザーに紹介しやすいことが分かってきたんです」
コリネットの成功を機に、さらにデザインにこだわり、実用性にも富んだBtoC商品の開発に力を入れたいという熊木さん。それには新しい発想が欠かせない。そのためにも、今後は社外の若いデザイナーの作品やアイデアを積極的に採用できる仕組みをつくりたいと抱負を語る。400年の歴史を誇る金属加工のまちから、さらなる意外性のあるアイテムが誕生するのを期待したい。
会社データ
社名:株式会社ナガエ
住所:富山県高岡市荒屋敷278
代表者:熊木信雄 代表取締役社長
創業:昭和29年
資本金:5000万円
従業員:168人
※月刊石垣2014年6月号に掲載された記事です。
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