創業81年、琺瑯(ほうろう)ひと筋に歩んできた野田琺瑯。素地金属の成形加工から焼成までの一連の工程を自社で行う、日本で唯一の琺瑯メーカーだ。そんな同社が平成13年に発売した琺瑯製漬け物容器「ぬか漬け美人」が多くのファンを獲得している。同商品誕生の裏には、台所を預かる主婦ならではの逆転の発想があった。
漬け物づくりに琺瑯は最適の素材
昨今の発酵食ブームにより、ぬか漬けに注目が集まっている。ぬか漬けは乳酸菌の力を借りてつくる。そのため、ビタミンB群や植物性乳酸菌、食物繊維などの栄養素が豊富に含まれ、腸内環境を整える働きがあることから、免疫力アップ、肥満予防、便秘の改善、美肌などさまざまな効果が期待されているのだ。とはいえ、ぬか漬けが各家庭で手づくりされていたのはひと昔前の話。「漬けだるを置く場所がない」「ぬか床を毎日かき混ぜるのが面倒」「温度管理が難しくすぐ腐らせてしまう」などの理由から、現在では市販品を買ってくるというのが主流だろう。
「かつて当社では、『漬けものファミリー』という大きなぬか漬け容器をつくっていました。表面がガラス質の琺瑯は、漬け物に最適の素材。塩分や酸に強く、細菌の繁殖を抑えてくれますし、金属イオンの影響を受けません。その上、臭いがつかず汚れもサッと落ちるので、洗うのがとても簡単。その特性を生かして昭和51年に発売したところ、飛ぶように売れて生産が追いつかないほどでした」と野田琺瑯社長夫人で製品開発にも関わる野田善子さんは当時を振り返る。
ところがバブル崩壊後、パタッと売れなくなる。不思議に思って漬け物店に聞いてみると、ぬか漬けはよく売れているという。「ならば需要はあるはず」と、平成6年ごろから新しいぬか漬け専用容器の構想を練り始めた。実はそのころ、琺瑯業界全体が落ち込んで、国内に70数社あったメーカーが次々倒産。海外に生産拠点を移したり、規模を縮小する会社が続出した。同社も東京の本社工場を閉め、製造部門を栃木県に集約するなど苦しい時期で、「新製品が経営回復の突破口になれば」との思いもあった。
主婦のアイデアで冷蔵庫保存をひらめく
善子さんが着目したのは、「ぬか床を毎日かき混ぜなければならない」という一般に定着した認識だ。そうするのは、ぬかに含まれる乳酸菌が酸欠状態にならないよう空気に触れさせる意味と、空気が嫌いな腐敗菌が中で繁殖するのを防ぐ意味がある。また、保管場所の温度環境で乳酸菌が過剰に増殖してしまうからだ。そこで考えたのが、冷蔵庫保存だったという。
「現代の気密性の高い住宅は温度変化が激しく、ぬか床にとっていい環境とはいえません。その点、冷蔵庫ならほぼ一定の温度に保たれていますし、ぬか床を腐らせる心配も少ない。試す価値はあると思いました」
まずは同社製品の中から、キュウリがそのまま入るくらいの幅と深さのある容器を選び、ぬか床をつくって野菜を漬け、冷蔵庫に入れてみた。すると、実においしいぬか漬けが出来上がったのだ。低温で乳酸菌の活動が弱いため、通常より時間はかかるものの、毎日かき混ぜなくても支障がないこともわかった。
確信を得た善子さんは、次に容器の形や大きさを検討する。その際こだわったのは、冷蔵庫の棚に収まる高さだ。棚を1段取り外さなければならないとなると、冷蔵庫の収納力が大幅に下がるからだ。電気屋であらゆる冷蔵庫のサイズを測ってみて、最終的に幅255㎜×奥行160㎜×高さ120㎜というサイズに決めた。さらに、野菜から出た水分を取り除く「水とり器」もつくった。
「ここまで仕上げるのに、ずいぶん時間がかかってしまいました。自分がいいと思えば、きっとほかの方もいいと感じてくれるだろうと、主婦の代表として、使い勝手や漬かり具合など、いろいろ試していたんです。また、商品パッケージにぬか漬けのつくり方や保存法を載せたくて、どんなデザインがいいかと何度も試行錯誤を繰り返しました。でも、おかげで納得のいくものができました」
そして平成13年、「ぬか漬け美人」はようやく発売にこぎつけた。
「わが家の味」は漬ける人の手によって育つ
ぬか漬け美人の発売当初の売れ行きは芳しいものではなかったが、忙しい人や、一度ぬか漬けを諦めた方でもおいしく漬けられるとあって、徐々にユーザーを増やし、その口コミが広がって売れ行きを伸ばしていった。今では年代や性別を問わず幅広い層の支持を獲得。金属のプレス加工から釉薬(うわぐすり)がけ、焼成に至るまで手作業で行っているため、もともと大量生産ができない琺瑯だが、生産が追いつかない状態が続いている。
「やはり日本人は漬け物が好きなんだと思います。ぬか床は、いろいろな野菜から出た水分を含んで味わいを増し、漬けた人の手によって『わが家の味』に育っていきます。もし、旅行や出張などで長く家を空けて漬かり過ぎてしまっても、細かく切って大葉や生姜、ミョウガなど季節の薬味を刻んで混ぜて絞れば〝かくや〟としておいしくいただけます。こうしたいろいろな楽しみ方があるところも、人気の理由ではないでしょうか」
平成26年6月。善子さんは『野田琺瑯のレシピ』という本を出版した。琺瑯容器+冷蔵庫で手軽においしくつくれる料理を紹介した1冊だが、そこには長年台所を預かってきた経験が凝縮されており、売れ行きも好調だそうだ。一度は苦境を味わった琺瑯という素材が主婦の逆転の発想で息を吹き返し、ヒット商品を生み出した。次はどんな商品が飛び出すのか、心待ちにしている人は多いだろう。
会社データ
社名:野田琺瑯株式会社
住所:東京都江東区北砂3-22-22
電話:03-3640-5511
代表者:野田浩一 代表取締役社長
設立:昭和9年
従業員:56人
※月刊石垣2016年2月号に掲載された記事です。
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