ワイシャツ1枚のクリーニング代といえば、200~300円が相場の今日、1枚2000円という常識破りの料金を設定していながら、顧客を増やし続けているのがハッピーだ。その理由は、独自の衣服再生加工技術と、全作業工程を電子カルテで一元管理する「ケアメンテサービス」にある。今回は商品ではなく、サービスにスポットを当てて紹介する。
従来のクリーニングではきれいにできない
クリーニングに出したスーツやシャツなどのシミ汚れが、落ちないまま戻ってきたり、あとから黄ばんできたり……。そんな経験をしたことはないだろうか。家庭ではきれいにできないからこそ、わざわざ店に足を運び、代金を払って衣類を託したにもかかわらず、仕上がりの悪さにガッカリすることは少なくない。
「クリーニングの主流であるドライクリーニングは、石油などの揮発性溶剤で衣服を洗います。生地へのダメージが少なく、油性の汚れが落ちやすいのがメリットですが、実は汚れの9割は水性です。つまり、通常のクリーニングでは大半の汚れが残ったまま戻って来ているのです」と説明するのは、ハッピー社長の橋本英夫さんだ。
橋本さんはもともと、大型プラントで使用するバルブや弁のメーカーで技術者をしていた。その経験を基に、石油系溶剤を浄油する装置を開発し、昭和54年よりクリーニング店の経営に乗り出す。宇治市内に約50店舗の取次営業店を展開していたが、一方で衣服をきれいにできないことに疑問と限界を感じていた。
技術的な問題を解決するため、橋本さんは水洗いに着目する。それが水性・油性を問わず汚れを落とす、最も効果的な方法だからだ。しかし、水洗いは「たたく」「もむ」「ねじる」などの力が掛かり、繊維がダメージを受けて、型崩れや風合いの悪化を招く。衣服のシルエットはそのままに汚れだけを落とすという、相反する方法を模索した。
20年以上にも及ぶ試行錯誤の末、開発したのが「無重力バランス洗浄装置」だ。これは洗濯ドラム槽の内壁が波型に細かくカーブしているのが特徴で、そのくぼみに渦巻状の水流が生まれることで、中の衣服が内壁に衝突することなく、フワフワと浮遊する。そのため繊維や生地を傷めず、シルエットを崩さずに洗うことができる。水洗いとドライクリーニングのメリットを同時に備えた、この洗浄原理(特許)が衣服再生産技術「ケアメンテ」を支えている。
全作業工程を電子カルテで一元管理
平成14年、橋本さんはハッピーを設立。運営していた全店舗を閉鎖し、無店舗型営業へと転換すべく、独自のしくみを構築した。
主な流れはこうだ。まず顧客から衣服を引き取り、細部まで丁寧に検品して、その結果をパソコン上の電子カルテに記入する。その内容を基に、どのように仕上げたいかを顧客と個別にカウンセリングした上で、洗浄を施す。必要に応じて、しみ抜きや黄ばみ取り、染めかえなどのオプション加工を行い、アイロンなどで仕上げる。あとは専用の箱に梱包して、顧客の元に配送すれば完了だ。
その作業工程はすべてデータベース化して一元管理し、受注からお届けまでの情報を可視化して、全従業員が共有できるようにした。また、作業工程をビデオに撮り、仮にミスを発見した場合、どの作業中に何が原因で起こったのか、履歴をたどれるようにもした。これによりムダ・ムリ・ムラがなくなり、高い技術品質が維持できるというわけだ。
こうして実現した「ケアメンテサービス」(※図解参照)は、世界でも類を見ない画期的な事業モデルといえる。
「そもそもクリーニングは、労働力に対する依存度の高い産業です。かつては個人の経験や勘に頼る部分が大きかったのですが、それでは人によって仕上がりにばらつきができてしまう。技術品質を保つ上でも、電子カルテシステムが有効です。なぜなら人が指導しなくても、カルテに残された作業映像が自分の技術レベルを教えてくれるから。次はもっとうまくやろうと一人ひとりが研鑽(けんさん)を積むので、おのずと全体がレベルアップし、パフォーマンスが向上するのです」
ケアメンテサービスを衣服再生の世界標準に
橋本さんがクリーニングからケアメンテサービスへと事業転換を図った背景には、近い将来に人口減少社会が訪れるだろうとの予測があったからだ。それが現実のものとなるや、クリーニング業界は生き残りをかけた熾(し)烈な低価格競争が起こり、収益率が低下して経営を圧迫するという悪循環に陥った。
「そこから抜け出すには、従来のやり方とは異なる付加価値を提供する必要があります。それがきれいの先にある、『お気に入りの服を長く着たい』というニーズに応えることでした。かつて京都には一着の着物を長く楽しむ『着だおれ』の文化がありました。衣服という〝財〟を残すサービスによって新たな価値を創造し、それに見合う料金を設定して、新たな市場を開拓しようと考えたわけです」
同社には現在約6万人の顧客が登録し、1人の1回の利用額平均は2万円にも上る。全利用者の98%がサービスに満足し、大半がリピートしているという。顧客の中にはイタリアの高級テーラーも名を連ね、同社の技術に全幅の信頼を寄せている。橋本さん自身、今後さらに海外展開に力を入れたいと考えており、「ケアメンテサービスを衣服再生の世界標準にして、1兆円市場創出を目指したい」と意気込む。
会社データ
社名:株式会社ハッピー
住所:京都府宇治市槙島町目川70-1
電話:0120-88-6868
代表者:橋本英夫 代表取締役
設立:平成14年
従業員:23人
※月刊石垣2016年5月号に掲載された記事です。
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