元官僚、300万部のベストセラー『女性の品格』の著者など、坂東眞理子さんは輝かしい経歴に包まれている。男女格差が激しい時代に二児の母になり、働く女性のロールモデルとして仕事と育児を両立させてきた。先駆的な女性である坂東さんに、社員が男女関係なく活躍できるために中小企業が取り組むべきことなどを伺った。
「東大女子」は企業にそっぽを向かれていた
最初に、坂東さんの生い立ちをたどってみた。昭和21年富山県中新川郡立山町生まれ。人口3万人に満たない小さなまちで、4姉妹の末っ子として誕生し、何不自由なく育った。元来、北陸は女性の就業率が高く、共働き夫婦も多い地域だ。いってみればキャリア志向が強い。実家、近所など地域がこぞって子育てを応援する気風がある。働きたい女性にとってサポート体制は万全といえる。坂東さんは、成績優秀だったため、教師に勧められるがまま東京大学に進学した。初めて男女格差を感じたのは就職活動のときだった。
「男性は民間企業から引く手あまたなのに、女性は試験さえ受けさせてもらえませんでした。『大卒の女性の採用はしません』と公言している企業がほとんどで、唯一男女平等をうたっていたのが公務員でした」
キャリア公務員は2〜3年ごとにポジションが変わる。就職後は内閣総理大臣官房広報室、その次に青少年対策本部に所属し、国際婦人年がスタートした昭和50年、総理府(現・内閣府)に「婦人問題担当室」が設けられたことをきっかけに3度目の異動で女性政策に携わるようになった。このとき、日本中の女性が社会で活躍するチャンスを与えられていないことに初めて気付き、「社会を変えたい」との使命感を抱くようになった。平成13年、内閣府男女共同参画局長に就任したときの最大ミッションは「待機児童ゼロ作戦」だった。当時、保育所の定員は約200万人。16年かけて274万人まで増えたが、いまだゼロから程遠いのは、保育所の定員より母親の就労希望者が増えたためだ。30年以上、公務員の立場で制度改革に尽力し、15年に退職、昭和女子大学で教鞭をとるようになった。現在は同校のトップとして「社会を支える女性」の育成に心血を注ぐ。
女性を育てるために必要な3つの「き」
さて、今や女性の社会進出は企業が避けては通れない命題となっている。坂東さんは、「女性にもぜひ期待してほしい」と、女性を雇用するすべての企業に向けてメッセージを送る。
「女性は真面目なので、期待されれば期待に沿うよういちずに頑張ります。反対に、『子どもが生まれたらどうせ辞めるんだろう』などと決めつけて手心を加えていると、伸びるものも伸びません。企業にとって一番困るのは、ぶら下がり社員が増えることです」
女性社員を採用する以上、主戦力として成果を上げてもらわなくては困る。そうでないと小規模な企業にとっては命取りになる。女性社員にも期待し、責任ある仕事を与えて鍛えることが必要だ。坂東さんは「期待」「機会」「鍛える」ことを、女性を育てる3つのキーワードと呼んでいる。
一方、女性の意識改革も推進すべきと坂東さんは言う。今の女子学生の大多数は「キャリア志向」より「ワーク・ライフ・バランス志向」なのだそうだ。坂東さんが理事長を務める同校の就活生の人気職種が公務員なのは、何よりも安定を求めてのことらしい。
「私も長く公務員をしてきましたが、とても腰掛けで務まる仕事ではありません。安易なイメージで就活をしている学生がいかに多いことか。学生には、自ら考え行動できるクリエーティブな人間になるよう指導しています」
今の時代、女性の経済的自立が不可欠だ。20世紀モデルの結婚適齢期は24歳だったのに対し、21世紀モデルでは29歳。生涯未婚率は男性23・37%、女性14・06%。仮に結婚しても、夫婦の4分の1が離婚してしまうといわれる時代だ。
「数値が物語るように、女性も経済的に自立すべきですし、生き残るための自己研さんは必要不可欠です」。これには別の理由もある。日本の労働人口の49%がAI(人工知能)で代替可能とちまたで言われているように、事務職などバックオフィスの仕事は近い将来、AIに奪われる可能性がある。AIに置き換えられにくいのは、医師、コンサルタント、営業といった人を相手にする仕事だ。言われたことをただこなすだけの人材は、いずれお呼びが掛からなくなる。雇う側も雇われる側も、根本から意識改革をしなくては生き残れない時代が来ている。
イノベーションの担い手は中小企業の経営者
昨今の「働き方改革」で、労働時間削減、評価制度の見直しなどに企業は躍起になっている。各人が能力を最大限発揮できるダイバーシティ社会の実現に向けて取り組むべきことは何なのか。坂東さんは、中小企業の経営者こそイノベーションの担い手であると考える。
「先日、北陸地方の中小企業の経営者のお話を聞いていて膝を打ちました。人手不足のため、50代、60代を積極的に起用しているようで、早起きが得意な彼らの生活リズムに合わせて朝7時から働ける早朝シフトを設けたそうです。他にも『孫帰省休暇』なんてユニークな制度をつくったと聞きました。個人としても社会としても、70代でも働きたい人は働くべきというのが、私の持論です。それが可能なのも中小企業です」
大事なのは、働き方のメニューをたくさん用意する『選択肢の多様化』であると、坂東さんは断言する。「なにも社会の風潮に合わせて、うちも在宅勤務やフレックスタイムを認めましょうなどと無理をする必要はない。それよりも、社員が何を求めているか目配りして、各人が働きやすい働き方にすることが大切。これも社員数が少ない中小企業だからできることだ」
また、「仕事モードのギアチェンジ」を認めることも大事、と坂東さんは指摘する。
「年齢やライフイベントによって、働くモチベーションは変わります。例えば、ワーク・ライフ・バランス重視の新入社員が、実際に働いてみたら仕事が非常に面白くて、残業してでもプロジェクトに集中したいと申し出るかもしれません。あるいは、同じワーキングマザーでも、体の強い子どもかどうかなどでこなせる仕事量が変わってきます。今は、マミー・トラック(昇進・昇格とは縁遠いキャリアコース)に陥るとなかなか活躍できない現状がありますが、子育てに手が掛からなくなれば第一線に戻れるようにしてほしい」
そして、10年後に生き残るリーダー像についても聞いた。
「社員のやる気を上手に引き出して、周囲を巻き込みながらチーム全体で向上できる人。女性だからダメ、高齢だからダメと、上から目線で決めつけるような人は淘汰されるでしょう」
そうはっきりと言い切り、晴れやかな笑顔を見せた。どうやらリーダーの懐の深さが今後の明暗を分けそうだ。
坂東 眞理子(ばんどう・まりこ)
昭和女子大学理事長・総長
昭和21年、富山県生まれ。東京大学卒業。44年、総理府(現・内閣府)入府。内閣総理大臣官房参事官、埼玉県副知事などを経て、平成10年、女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベン)。13年、内閣府初代男女共同参画局長。16年に昭和女子大学教授、同大学女性文化研究所長となり、19年より同大学学長、28年より現職。著書『女性の品格』(PHP)が300万部を超える
写真・後藤 さくら
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