カニ醤油
大分県臼杵市
店の歴史は奉公の歴史
九州の大分県と四国の愛媛県に挟まれた豊後水道に面した臼杵市でしょうゆ・みそを製造販売するカニ醤油は、慶長5(1600)年にこの地で創業した。以来、同じ場所で家業を続け、しょうゆは「カニ醤油」、みそは「うすきみそ」として、400年以上にわたって地元の人たちに親しまれている。
「今の岐阜県にあたる美濃国の稲葉貞通が臼杵藩主として移封されるにあたり、うちの先祖である可兒(かに)孫右衛門が先遣隊の一人として臼杵に来たのが始まりです。その翌年に殿様とともに再びこの地に来て、みその製造を始めたのです」と、第12代当主の可兒愛一郎さんは説明する。
当時の臼杵には大きな産業がなく、藩の石高も少なかった。みその製造は、商売でお金を稼いで藩主に奉公するためだったという。「屋号の『鑰屋(かぎや)』は、店が城の入り口近くにあったところから付けられました。老舗といっても殿様が江戸時代末期まで続いたからで、うちの歴史は奉公の歴史なんです。藩にお金を入れる際には借用書が切られるのですが、返してもらえないのが前提。父が子どものころ、タンスから当時の借用書が山のように出てきたそうです」
創業してから徐々に商売を広げていき、しょうゆ・みその製造以外にも、日本酒の醸造や油問屋、海運、寺子屋、両替商など、今でいう商社のような役割を担うようになっていった。「明治に入って藩がなくなると、曽祖父のころには銀行も始めました。両替商の名残ですね。当時の当主は地域の経済人でもあったんです」
傾いた家業をあえて継ぐ
時代の変化とともにさまざまな業種が淘汰(とうた)されていき、戦前までに残ったのが、創業当時からつくり続けていたしょうゆとみそだった。「それから昭和30年代まではよい時代が続きました。店には職人さんや従業員が何十人もいて、祖父はいわゆる大旦那さんでした」
しかし、大量生産の時代に入ると、個人経営の店はついていくことができず、経営が困難になっていった。「父の代になると従業員が減っていき、ほとんど家族経営のようになっていきました。そして父も年を取って配達がつらくなってくると、店をもう廃業すると。それが平成19年のことでした」
可兒さんは将来店を継ぐために大学で醸造学を学んだものの、卒業後はサラリーマンとなり、仕事も順調だったという。「いったんは店を継がないことにしたのですが、父が店をやめると聞き、やはり帰るしかないのかなと。僕ももう30過ぎで、店も厳しい状態でしたから、継ぐと決めたときは崖から飛び降りるような気分でした」
傾いた家業を立て直すために、可兒さんは妻と二人で店の改革に取り組んでいった。「安く大量にというのは、うちの規模ではもうできない。付加価値のある小ロットの製品を、見える形で売っていこうと。代々続くしょうゆとみその味を加工してオリジナル商品をつくり、うちの店舗で売るのと同時に、出張販売でお客さまに対面販売していくことにしました」
可兒さんは先代から取引のある給食用やホテルへの業販を続けながら、新たな道を模索していった。
市場は地元にある
「うち独自の製法は父から教わりましたが、僕が変えたところも多くあります。しょうゆやみそはすでに多くの商品が出回り、万人受けする商品などはうちではつくれない。それならば、うちの味が好きだというお客さまに特化した製品をつくっていけばいい。そのために、いろいろな商品を考えては試作し、販売してきました。これは小ロットで生産しているからこそできることです」
そうした製品は大型店に卸すのではなく、地元スーパーに当主自ら出向き、出張販売を行っている。
「小ロットの製品は対面販売の方が確実です。みそも今と昔では味の好みが変わりましたが、甘めと辛めの2種類を持っていき、お客さまの好みに合わせて配合して販売しています。これも対面販売だからできることです。うちの市場は東京でも海外でもなく、地元にあると思っていますから」
ただ商品のみを販売するのではいつか飽きられる。当主自らが外に出て、顔で売り、クレームも感謝も顔で受ける必要があると、可兒さんは考えているという。
「うちの歴史はまだまだ続く。これからもカニ醤油は量販ではなく、当主も商品の一部として対面販売で確実に売っていきます。地道なやり方ですが、それが商売の原点であり、結局、商売とは人と人とのキャッチボールですから」
地元の人がお店を気軽に訪れ、スーパーではカニ醤油の出張販売を待ちかねたように買い物客が行列をつくる。これも地元に根づいた老舗の生き方といえるだろう。
プロフィール
社名:カニ醤油合資会社
所在地:大分県臼杵市大字臼杵218番地
電話:0972-63-1177
HP:http://www.kagiya-1600.com/
代表者:可兒愛一郎
創業:慶長5(1600)年
従業員:6名
※月刊石垣2016年7月号に掲載された記事です。
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