全国大学ラグビーフットボール選手権大会(大学選手権)で前人未到の7連覇を達成し「大学ラグビーに敵なし」と言わしめた、帝京大学の監督を務める岩出雅之さん。常勝チームを育てるには、さぞや型破りの指導法と想像するが、〝岩出式〟は驚くほど基本に忠実な正攻法だ。それゆえビジネスにも応用できるエッセンスが詰まっていると、各界から熱い視線が送られている。
今も未来も輝く〝Wゴール〟
岩出さんは、学生時代に日本体育大学ラグビー部の主将を務め、全国制覇へ導いたキーマンだ。卒業後は教員となり、八幡工業高校(滋賀県)を7年連続全国大会出場に導くなど、指導者としての手腕を発揮した。そうした実績が買われ、帝京大学ラグビー部の監督に抜擢(ばってき)されたのは38歳のときだった。
「今年で監督に就任して21年目になります。最初の10年は負けていますが、その後の10年は勝っています。今のところ勝率5割ですね」
柔らかな物腰で話す岩出さんだが、時折厳しい表情を見せるのは不遇の時代を振り返るときだ。 「就任して11年目に全国大学選手権の一回戦で敗退してしまったんです。どうしてこうもうまくいかないのか。責任を感じ、進退についても考えました。でも、チームが勝てるようになるまで絶対に諦めるわけにはいかないと覚悟を決めて、再スタートを切ったんです」
その翌年の平成19年、帝京大学は大学選手権でベスト4に進出し、20年に準優勝、21年は優勝にまで上り詰める。その勢いはとどまる所を知らず7連覇を達成した。勝ちに転じた要因は何か。
「人は成功体験を生かそうとします。それは悪いことではありませんが、しょせんは過去の経験にすぎません。私も就任後まもなくは『早く結果を出したい』との思いから、自分の成功体験に基づく練習法で部員を鼓舞してきました。けれど時代とともに教育方法も人も変化しますから、時代にフィットする指導へと見直す必要がありました」
例えば、インターネットの普及でさまざまな情報が共有されやすくなったことから、子どもたちの個性や価値観はより多様になった。昔の一律一括指導型はもう通用しない。一人ひとりの個性を重んじ、自由な選択ができる組織づくりを一から行った。
また、現在の部員数は約150人だが、レギュラーに選出されるのはその中のわずか1割だ。9割の部員には厳しい現実が待っているといえるが、挫折感だけで終わってほしくはない。重要となってくるのが「勝利の目標(今のこと)」と「人生の目標(未来のこと)」をダブルゴールで押さえることだ。今も未来も幸せにするためにこの試みを始めてから、部員たちは物事を大きく捉えられるようになったという。負けにもちゃんと意味があり、いつか幸せが訪れると考えることで、勝敗に一喜一憂しなくなった。
「人が成長することでスポーツも充実してきます。その土台づくりの10年であり、その良さを積み上げてきました。これがこの7年間の裏にある僕らの進化であり、強さだと思っています」
平凡な毎日が強い心をつくる
取材は帝京大学に伺ったのだが、準備を終えグラウンドに走る数十名の部員たちが取材スタッフに目を留めては「こんにちは!」と元気よく頭を下げる。急ぐ足をわざわざ止め、姿勢を正してのあいさつなので、こちらも思わず背筋が伸びる。
部員たちは全寮制のもと共同生活を送っている。岩出さんはグラウンドを離れてからも、一人の教育者として部員たちの生活を見守っている。
「日本一を目指すには、ピンチでもチャンスでも、持つ力の全てを出し切らなくてはなりません」 岩出さんが目指す「全力を出し切る練習」とは、まずは日常を安定させ、平凡な毎日をいかに高められるかだという。そのため、共同生活を通してあいさつをはじめ人としての作法を徹底的に学ばせる。
また第三者に頼るのではなく、自分で目的意識を持ってトレーニングに励むことも大事なことだ。部員の自主性を鍛えるために、岩出さんは「脱体育会系」指導法を実践する。例えば、トイレ掃除などの雑用は上級生が率先して行うことなどだ。これは、いわゆる体育会系文化の真逆である。指示や命令で弱い者を支配しようとする文化は、受け身で、考えない人間を形成するだけだからだ。
「一年次で学んでほしいのは、雑用の手順ではなく感謝の心です。上級生が模範となることで、『あんな人間になりたい』と尊敬の念が生まれます。僕らは日本一のチームである自負があるからこそ、新しい仲間には一番初めにこのチームを好きになってほしい」
例えば、ビジネスマンの仕事観が新卒で入ったファーストキャリアで決まってしまうことが多いように、スポーツの世界でも入部一年次に愚痴を言う環境か幸せを感じる環境かどちらに身を置くかで、2年目以降の頑張りが著しく変わってくるのだという。
「一年次はなにかと未熟ですので力のない者に責任を負わせすぎると精神的に疲れてしまいます。体力と同様に、精神力も日々の訓練で鍛えることによって耐性がついてきます。最初から求めるのではなく、部員全員と共に歩み、夢を共有することによって情熱を持ってもらえればいいのです」
W杯日本開催が追い風に
3年後にラグビーワールドカップの日本開催を控え、世間のラグビーへの関心が高まっている。 「褒められるとうれしいのと同じで観戦者が多いと選手も頑張れるものです。僕は普段サッカーを見ないのだけれど、日本代表の試合は見ちゃう。10年のFIFA・W杯アジア最終予選で岡野雅行さんがゴールを決めた光景は、今でも鮮明に覚えていますよ(笑)。普段ラグビーに全く興味がない人も、ワールドカップ日本開催となると話は別でしょう。この機会にラグビーの魅力を広く伝えたいですね」
また、岩出さんは、8連覇にも自信をにじませる。
「僕らは最高の努力と最高の結果をつなげていくだけです。もし連覇が止まることがあれば、相手チームが僕らより圧倒的に努力したということですから、潔くたたえたいと思います」
印象的だったのは、日本一の常勝チームであるにもかかわらず、岩出監督をはじめ、チーム全体が非常に謙虚であることだ。
「僕らは自分たちがそんなに強くないと自覚しています。だからこそ、今と未来の目標を複合させながら考えていく力が大事なんです。未来の中にはワールドカップもあるし、トップリーグもあります。ラグビーをやめた30代、40代以降に、社会生活の中でしっかりと戦うことも視野に入れています。常に上を向いているので、おごっている暇などないんです」
今シーズンの開幕まであとわずか。「それぞれが主体性を持って努力し、本番を迎えてほしい」。そう言って岩出さんは、白い歯を見せて笑った。
岩出雅之(いわで・まさゆき)
帝京大学ラグビー部監督
昭和33年和歌山県出身。昭和53年、日本体育大学ラグビー部で主将を務め、大学選手権優勝のキーマンとして活躍。55年、同大学卒業。高校ラグビー日本代表監督を経て、平成8年より帝京大学ラグビー部監督。21年、全国大学選手権で優勝。以来、現在まで全国大学選手権史上初の7連覇を達成。23年より帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科教授。著書に『負けない作法』(集英社)、『信じて根を張れ!楕円のボールは信じるヤツの前に落ちてくる』(小学館)など
写真・後藤 さくら
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