日本の国産ウイスキー誕生を支えた竹鶴政孝とその妻・リタをモデルにしたNHK連続テレビ小説「マッサン」が人気を集めている。竹鶴政孝は、漁業と農業が主な産業だった北海道余市町にウイスキーづくりという全く新しい産業を持ち込んだ人物。余市町の経済を支え、商工業のリーダーだった竹鶴は、余市商工会議所の初代会頭の職務に就き、今でも、余市商工会議所の応接室には、「初代会頭竹鶴政孝」の肖像が飾られている。竹鶴をモデルとした亀山政春役を演じ、すっかり〝朝の顔〟となった玉山鉄二さんにドラマに懸ける意気込みを聞いた。
夢を持つことの素晴らしさを感じてほしい
「いきなり夫婦で登場」「外国人ヒロイン」「19年ぶりの男性主人公」と話題満載で好調な滑り出しを見せている連続テレビ小説「マッサン」。そのけん引役は何といっても、主役を演じる玉山さんの魅力によるところが大きい。これまで、どちらかといえば、二枚目キャラクターを演じることが多かったが、本作では、素朴感がにじみ出る、脇が甘くてどこか憎めない好青年を軽いタッチで好演している。
「〝朝ドラ〟に出るというのが、役者として夢だったんです。実は、10年以上前から4作ほどオーディションを受けたんですけど、ダメでした。今回、オファーがあったときは、思わずヤッタァと心の中で叫んでいました」
このドラマは、大正9(1920)年、ウイスキーづくりの技術を学ぶために渡欧した一人の青年が、スコットランドから新妻を連れて戻ってくるところから始まる。明治から大正、そして昭和と大きく時代が動いた日本で、国産ウイスキーづくりの夢に懸ける一人の男。「国際結婚」という言葉も無かった時代に、何も知らない日本という異国へ嫁いできた妻と二人で、さまざまな苦難を乗り越えていく。そんな人物を、玉山さんはどう捉えているのだろうか。
「確かに、あの時代のワクワク感はうらやましくもあります。しかし、今でも夢は見られるんだと思います。今は、夢を見づらいのではなくて、雑念が多い時代なんじゃないでしょうか。いろいろな情報が簡単に手に入るし、黙っていても聞こえてくる。それが雑念となって、『どうせ』だとか、『だって』だとかの言葉になるのだと思います。その雑念を取り払って、マッサンのひたむきさや情熱に触れ、夢を持つことの素晴らしさを感じてもらえるとうれしいですね」
憧れだった〝朝ドラ〟の主役。しかし、かなりハードだという。半年間続く150回のドラマ。月曜日がリハーサルで、火曜日から金曜日はスタジオ収録、土・日曜日はロケや広報活動に当てられることもある。これが8カ月も続くのだ。実際、玉山さんも5月7日のクランクインから体重が12㎏も落ちたという。「大変なのは、(妻である)エリー役のシャーロット(ケイト・フォックス)も同じです。いや、初めて日本に来て慣れない中で日本語のセリフを喋っているんだから、彼女の方が大変かもしれませんね。僕の場合はそのハードさをエネルギーに変えようと思っています。ただ、しんどいのはしんどいですけれど。何しろ収録の合間に風呂で寝ちゃったこともあるくらいですから」。
期待値以上のモノを生むには攻めの気持ちが大事
準備期間を含めると1年近くに及ぶ長丁場。しかも、主演となると、いろいろと苦労もあるだろう。
「責任の重さは感じますけれど、それに応えていきたいです。現場のチームワークがとてもよくて、スタッフさんやキャストみんなで一つのモノをつくっていくんだという雰囲気があります。言いたいことも言えます。すごくいい現場ですね」
役者としての自分、また、この作品を語るときに、「サプライズを与えたい」という言葉が何度か玉山さんの口をついて出てきた。「サプライズ」とは、一体、何なのだろうか。
「期待値どおりのモノでよいか、それ以上のモノをつくりたいかで、自ずと違うアプローチになると思うのです。期待値を超えるモノをつくるためにはどこかでセオリーを外してみるとか、違和感があるけれどもやってみるとかといったことが必要なのではないでしょうか。人を感動させるためには、何かサプライズがないとだめなんじゃないかと思います。それには、攻める気持ちが大事」
この作品の撮影に入って、とにかく言いたいことは我慢せずに、その場で言うようになったと玉山さんは話す。攻めるためにはしっかりと自分の気持ちを出すことが欠かせないということだろう。
〝朝ドラ〟の主演を務めるというのは、役者人生の中でも1回だけだと思ってこの作品に臨んでいる。だから、「自分の足跡をどこかに残したいし、いい意味で、これまでの自分のキャラクターをぶち壊して、視聴者にサプライズを与えたいですね」と力を込める。
ブレない生き方を支える「夢という背骨」
「自分の信念とか理念をしっかり持っていて、俺がこう思うからこうする、この景色を見たいからこっちに向かうんだという強い意志がある人物で、自分も男としてこうありたいという部分が多いですね。自分が頭の中に描いているモノに対して、周囲の雑音に耳を傾けることなく、ピュアに、愚直なまでに真っしぐらに進んで行く姿。それは今、ものづくりに関わっている僕にも感ずるところがあります」
ドラマの中のマッサンは、夢を持つ力、それに向かって進む力がある人物として描かれている。決して天賦の才を与えられたヒーローではない。無邪気に、ときには脇も甘くなり、失敗を繰り返しながらも、夫婦で夢に向かって歩く、ごく普通の男……。ただ、ブレずに生き抜けたのには、玉山さんが言うところの「夢という背骨」があったのだろう。
男である以上自分の哲学や理念が要る
ドラマはマッサンとエリーの夫婦物語でもある。実生活では、一昨年の8月に男児が生まれ、父親となった玉山さんにとって家族とはどんな意味を持っているのだろうか。「心の余裕をつくってくれる存在ですね。落ち込んだり、嫌になったりしたときに、常に軸を安定させてくれる存在でもあります。それと、息子が自立するまでは格好いい親父でありたいと思うようになりましたね。こんなことをやってて、嫁や息子はどう思うんだろうと考えると、いい加減なことはできません」。
では、マッサンにとってのエリーの存在はどうなのだろうか?玉山さんはこう語る。
「マッサンは、優れた技術者であり、エンジニアです。だから、破天荒な部分もあり、人間としての弱点もある。それをサポートしてナビゲートしてくれるのがエリー。つまり、エリーはプロデューサーといえるかもしれません。マッサンはエリーの前では、すぐ泣くし、すぐ落ち込むし、子どもみたいなところがありますから」
ウイスキーづくりに懸けたマッサンの生き方、そこから玉山さん自身も多くのことを学んでいると言う。このドラマを通じて視聴者に何を感じ取ってほしいのだろうか。
「この作品で、日本の職人や技術者の素晴らしさを再認識してもらえればうれしいですね。日本から何かを生み出していく、その力強さを。プロデューサーから言われたことなんですが、『旨いウイスキーが売れるのか、売れたウイスキーが旨いのか』。どちらかが正しくてどちらかが間違っているというわけではないと思うんです。それでも自分がどうしたいのか、どういうものをつくりたいのか、腹を括らなければならないということではないでしょうか。男である以上、ましてや経営者やリーダーである以上、自分の哲学や理念を持つべきだと、僕は思います」
成長するマッサン、それを演じる役者・玉山鉄二。しばらくは目が離せそうもない。
玉山鉄二(たまやま・てつじ)
俳優
1980年4月7日生まれ。京都府城陽市出身。モデルを経て、99年に、ドラマ『ナオミ』で俳優デビュー。2001年『百獣戦隊ガオレンジャー』で注目を集める。以後、さまざまなドラマや映画の話題作に出演し、クールな二枚目から、素朴な田舎青年まで、幅広い役柄で活躍する。05年『逆境ナイン』で初主演。映画『ハゲタカ』(09)で日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。主なテレビ出演作は『BOSS』『八重の桜』、映画『ルパン三世』など。NHKの連続テレビ小説は、初出演にして初主演となる
写真・柴田明蘭
最新号を紙面で読める!