コラム石垣 2015年11月1日号 神田玲子

今年は、ドイツの宰相ビスマルクの生誕200年にあたる。その功績は外交にとどまらず、内政でも、近代的な社会保障制度を世界で初めて導入するなど手腕を発揮した。社会運動を抑圧する一方、社会保障制度を導入したのは、急増する工業労働者を保護することで政治的な支持層を得ようとしたからにほかならない。

▼その時々の政権が政治的安定を狙い、ある国民層を対象に政策を展開することはよくある。北欧が福祉国家を目指すようになったのも、また、オランダで短時間正社員の雇用モデルを実現したのも、工業労働者や女性労働者の支持層の取り込みを狙い、彼らの支持が得られたことが大きい。このように新しい社会変化に対応して政策が動くのは、政治のダイナミズムである。

▼そんな中、日本では「一億総活躍社会」という政策目標が掲げられた。中身は、強い経済、子育て支援、そして介護支援を柱とする。政策目標の数値として、国内総生産の600兆円の実現、という高い経済成長を目指すと同時に、女性の出生率を1・8に高め、そして、介護による離職をゼロにすることが掲げられている。共働きの若い世代や寿命が延びている親の面倒を見る必要があるシニア層をターゲットに置いている。

▼しかし、残念ながら今の目標では国民からの真の支持は得られまい。実現の可否について検証のないままに、国民に甘い幻想を抱かせて賛同を得ることは将来に禍根を残す。果たして、1億人の総夢物語で終わったときの代償は誰が払うのか。厳しい財政状況が続いている中、過剰な期待はかえって政治を毀損(きそん)し、経済混乱を招く可能性すらある。政策当局者のプロとしての矜持(きょうじ)を見せてもらいたい。

(神田玲子・総合研究開発機構理事)

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