日商 Assist Biz

更新

コラム石垣 2014年2月11日号 宇津井輝史

過去は取り戻せるだろうか。直前のことなら、ことと次第によってはやり直しが効く。だが60年前に病院で生まれた直後、別の新生児と取り違えられた東京の男性の場合は取り返しがつかない。本来歩めたはずの人生とは別の人生を歩くことを余儀なくされたとして、この男性が病院に対して起こした損害賠償訴訟で問題が明らかになったのは昨年11月。ふたつの人生が入れ替わった。それを本人たちが知ったのは3年前である。

▼豊かとは言えない過去を振り返り、あったかもしれない別の人生を思えば、普通はやり場のない怒りにかられよう。しかし会見した男性は、すでに他界していた実の両親に会えなかった悔しさをにじませながらも、苦労して育ててくれた母親を思いやり、血のつながらない兄たちに感謝の言葉を述べたのである。たとえようもない事件だったが、その言葉に救われた人も多かろう。裁判で、取り違えはあり得ないという病院側の主張を退けたのはDNA型鑑定結果だった。

▼子どもは生命の設計図DNAを両親から一つずつ必ず受け継ぐ。塩基配列の型を調べれば生物学上の親子かどうか分かる。子に夫との血縁関係がないことの確認を求めた裁判で、DNA型鑑定結果により大阪高裁が父子関係を取り消す判決を出したのも昨秋だった。フランスでは、第三者の精子提供で生まれた子供たちによる「実の父親」の情報開示を求める訴訟が相次いでいるという。

▼いまは、どこでも簡単にDNA型鑑定ができるようになった。精度も一段と向上した。鑑定を求める人の事情はさまざまだが、思わぬ結果を受け入れられるかどうか、覚悟が必要なのは言うまでもない。血縁とは何か、家族とは何か。重いテーマである。

(文章ラボ主宰・宇津井輝史)

次の記事

公益社団法人日本観光振興協会総合研究所長 丁野朗

今月下旬、高山市(岐阜県)で東京フィルハーモニー交響楽団による弦楽四重奏コンサートが開催される。これだけでは珍しくもないが、このコンサートで使用されるバイオリンやチェ…

前の記事

総合研究開発機構研究調査部長 神田玲子

国民医療費の増加が続いている。政府は膨張する医療費の削減に取り組んでいるが、まずは医療費の無駄遣いを無くすことが重要だ。そのひとつが薬剤費の抑制である。例えば、特許…

関連記事

政治経済社会研究所代表 中山文麿

今回の米国大統領選挙は、トランプ氏を絶対に再選させたくない民主党と熱狂的な支持者からなるトランプ党との戦いだった。トランプ支持者は戸別訪問などどぶ板選挙も行い、前回…

時事総合研究所客員研究員 中村恒夫

アニメ映画「鬼滅の刃・無限列車編」が空前ともいえるブームを巻き起こしている。目を見張るのは観客動員数だけでなく、関連グッズの多さだ。二番煎じ以降になると、効果もそが…

東洋大学大学院国際観光学部客員教授 丁野朗

2015年に創設された「日本遺産」は、今年6月、新たに21件が認定、合計104件となり、当初予定の認定数に達した。今後は新たな認定は行わないが、そのさらなる磨き上げに力を入れ…