9月21日、日本銀行は政策決定会合で金融政策の枠組みを転換した。この方針転換は、日銀が、「お金の供給量を増やせば物価は上がる」という考えの限界を認めたとも言える。その意味では、金融政策の大きな枠組みの転換だ。日銀は新しい枠組みとして〝長短金利操作付き量的・質的金融緩和〟を導入した。この政策は、短期と長期の金利水準を日銀がコントロールすることを目指す。日銀は、各年限の金利水準をつないだ曲線(イールドカーブ)の傾きを急峻(しゅん)にして金融機関の収益確保に配慮し、金融緩和を続けることを決めた。
この政策には二つのポイントがある。一つ目は、資金供給量を増やせば物価は上昇するとの〝リフレ理論〟の限界を認めた点だ。量的・質的金融緩和の導入以降、日銀は「量の拡大には限界がない」と主張し、一貫してお金の供給量(マネタリーベース)の増加を通して2%の物価目標を達成しようとした。しかし、足元では物価が下落し、物価目標は実現できていない。これはお金の量を重視した政策の限界を示している。
日銀は〝総括的な検証〟の中で、資金供給増加により物価上昇への期待を引き上げることが難しいことを明記した。そのため、日銀は金融政策の持続性を重視し、「消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで」金融緩和を続けると誓った。これは、金融政策に対する期待を維持するための方策だ。
二点目は、日銀がマイナス金利の悪影響を認めたことだ。1月のマイナス金利導入以降、短期から長期までの金利は急速に低下した。その速度は、日銀の想定を上回った。それに対して、金融業界や金融庁は強い批判や懸念を表明。2014年6月にマイナス金利政策を導入したユーロ圏では、収益低下から銀行の経営不安さえ出ており、世界的にマイナス金利への警戒は強い。
また、検証の中で日銀は、「金融機能の持続性に対する不安感をもたらし、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある」と、マイナス金利付き量的・質的金融緩和の弊害を認めた。そして、金融機関からの批判や懸念に応え、一定の利ザヤ(長短の金利差)確保への配慮から、短期と長期の金利をコントロールする政策の導入に踏み切った。
このように、日銀が新しい金融政策の枠組みを示したことは、アベノミクスが重要なターニングポイントを迎えたことを示している。安倍政権は長引くデフレ、企業の消極的な投資スタンス、消費マインドの低迷などの問題を金融政策で一気に解決しようとした。そのために、際限なき金融緩和を日銀に求め、円安の流れを強めて企業業績をかさ上げし、株高・賃上げ期待などの高揚感をもたらそうとした。
しかし、企業業績を支えた円安は、わが国の事情だけで決まるほど単純ではない。その根底には、ドル高を吸収できるだけの米国経済の回復、それを受けた世界経済の持ち直しがあった。ところが、昨年の年央以降、ドル高による景気圧迫が顕著になるにつれ、米国政府はドル高を警戒し始めた。その中で日銀がどれほど金融を緩和しても、効果は一時的なものに留まってしまう。 経済再生には金融緩和よりも、労働市場の改革などの構造改革を進め、新しいモノなどを生み出す改革が不可欠だ。民間企業が実力を十分に発揮できるような環境整備を行うことが、政府にとって最終的に需要を高め潜在成長率を引き上げる方策だ。金融政策は、そうした改革を支援する政策の一つだ。金融政策はそうした改革に対する痛みを和らげたり、時間を稼いだりするための手段であるべきだ。構造改革を本気で進めるには、政府の産業政策(アベノミクスの成長戦略)が重要になる。
今後の経済再生をどう進めるか、その主導権は政府が握る。安倍政権が何を重視し、どういった取り組みを進めるかがわが国経済を左右する。日銀の政策転換は重要なきっかけになるはずだ。
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