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真壁昭夫の経済底流を読み解く “ハードブレグジット”の懸念と世界経済

最近、経済専門家の間で、英国のEU離脱交渉に関する見方が分かれている。英国の離脱交渉に関しては世界経済に与える影響が大きいと見られるものの、その行方は交渉が始まらないと予測が難しいというのが本音だろう。悲観的な見方に立つと、英国が移民の流入を阻止し、代わりに単一市場へのアクセスを喪失するという〝ハードブレグジット(衝撃の大きな離脱)〟への懸念が高まる。一方、英国とEU主要国は、相応の妥協点を見つけることが可能という楽観的に見方によれば、その影響は当初予想されたほど大きくはない。

離脱交渉の過程で、英国が関税や数量制限の撤廃という恩恵を失い、EUの単一市場にアクセスできないシナリオになると英国経済の地盤沈下は避けられない。加えて、EUに残るドイツやフランスなども「英国が出るなら我々も」とEUから離脱し、自国の決定権を国民の手にとり戻そうという考えが高まりやすい。そうなると欧州の政治は、需要の低迷を支えるために中長期的な観点で必要な判断を下すよりも、目先の支持確保を重視するだろう。各国がEUの将来像を共有し、改革にコミットすることは難しくなる。その結果、単一通貨ユーロに加盟する国々の非対称性が解消されず、ユーロ持続性への懸念は高まりやすい。英国のメイ首相は、英国に決定権を取り戻すことを重視し移民流入阻止への考えは強い。EU離脱が決定されたのも、移民が英国民の暮らしを圧迫し、難民問題がテロの発生など社会情勢の不安定化につながっているとの懸念が強いからだ。単一市場へのアクセス以上に人の移動をコントロールしたいのが英国の本音だろう。

一方、ドイツやフランスは、単一市場へのアクセス維持のためには移民を受け入れる必要があると一切の妥協を許さない考えだ。両者の歩み寄りが難しくなるようだと、離脱交渉は物別れに終始し〝ハードブレグジット〟が実現する可能性は高まる。その場合、英国がEU加盟国に認められた関税・数量制限の撤廃というメリットを失い、対EUを中心に輸出が停滞する懸念が高まる。

また、〝単一パスポート制度〟によってロンドンを拠点に欧州事業を展開してきた多くの金融機関は、制度のメリットがなくなれば拠点を大陸欧州に移すだろう。その他の企業も然りだ。その結果、資本が英国から流出し、失業の増加、賃金の減少などは避けられない。為替市場では、そうしたリスクを意識しており、英国ポンドは不安定な展開になっている。ただ、ポンドだけでなくユーロの動向も心配だ。状況によってはポンド以上にユーロへの懸念が高まる。英国のEU離脱決定は、各国の反EU主義を強め、欧州を分裂に向かわせる要因になる恐れがあるからだ。

現在の世界経済を見渡すと、中国の過剰生産能力を筆頭に各国で需要を供給が上回る状況が続いている。その結果、物価は上昇しづらい。本来なら各国は規制緩和を進め、企業の経営を支援しイノベーションが進む環境を整備すべきだ。それが新規産業の育成や新製品の開発を通した需要回復を支える。AIやIoTを用いた生産設備の効率化への取り組みは重要だ。新しい技術や製品が社会に普及し、人々の満足度を高められれば、欧州各国はEUの単一市場の意義や恩恵を再確認できるかもしれない。しかし、欧州諸国に余裕はない。欧州では「移民が雇用機会を奪っている」などの不満が高まっている。

2017年には独・仏・蘭で総選挙、大統領選挙が予定されている。いずれの国でも反EU主義を掲げる右派政党が支持を伸ばしている。その中、政治家は経済よりも政治を優先し中長期的な経済の安定よりも、目先の支持確保が重視されるだろう。財政政策の統合、預金保険制度の一元化など、経済通貨同盟の強化は進みづらい。ブレグジットは英国経済の地盤沈下だけでなく、EUの分裂や単一市場の機能低下を通して、世界経済の波乱要因になる可能性がある。そのリスクは小さくない。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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