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真壁昭夫の経済底流を読み解く トランプノミクスの光と影

11月の米国大統領選挙で、大方の予想を覆してドナルド・トランプ氏が当選した。予想外の結果に経済専門家や投資家の間で大きな動揺が走り、株式や為替などの金融市場は大荒れの展開となった。しかし、同氏の経済政策(トランプノミクス)に期待し、世界経済の先行きに強気な投資家が増えている。

トランプノミクスの特徴は、米国中心の貿易政策に加えて、財政出動を通した公共投資、富裕層や企業向けの大規模減税、金融規制をはじめとする規制緩和だ。こうした政策で同氏は米国の経済成長率を2〜4%程度に引き上げようとしており、「米国を世界最強の経済にする」と主張してきた。これらがどの程度実施されるかは注視する必要があるが、短期的には積極財政政策の発動により米国経済の成長の道はしっかりしたものになるだろう。それは、世界経済にとって大きな追い風となるはずだ。

中でも注目なのは積極的な公共投資だ。この政策は1990年代、バブル崩壊後のわが国のように、ハコモノの建設などを通して需要を刺激し、米国内で労働機会を生み出すことを目指している。インフラ投資は建機や鉄鋼など、重工業分野の需要を高めることが期待できる。ある意味では重厚長大型産業の復活を通したオールドエコノミーへの回帰といえる。それが実行されれば、一時的に米国の雇用、賃金が増える可能性はある。それは世界経済全体のインフレ期待の上昇圧力を高め、わが国などのデフレ圧力の軽減につながる。

一方、トランプノミクスの影の部分が気になる。まず、財政出動と大規模な減税が同時進行すると、米国の財政は着実に悪化する。同氏はどのように財源を確保するかを明示しておらず、米国の債務リスクは高まりやすいため金利上昇に注意すべきだ。すでに国債増発観測から米金利は上昇している。金利上昇は米国の個人消費にはマイナスだ。自動車販売や住宅市場の悪化懸念から米国経済の減速リスクが顕在化すると、世界経済にも下押し圧力がかかる。ユーロ圏やわが国では低金利、カネ余りの影響から不動産市場に資金が流入してきた。金利上昇はこの動きの逆回転につながると考えるべきだ。

最も注意すべき点は、米国が保護主義的な通商政策を実行することだ。米国は世界経済の基軸国家として、各国間の利害を調整して経済連携を進めてきた。特に、TPPは中国が進めてきたシルクロード経済圏構想への包囲網という側面も持つ。米国の調整能力で各国企業の海外進出の基盤が整備され、円滑な世界経済の運営が進んだ。米国が保護主義に傾倒することは、貿易競争や通貨安競争のトリガーを引くことになる。同氏は、米国の貿易赤字が累積されてきたのは、日本や中国などが過剰に安価なモノを米国に対して輸出してきたからだと考えているようだ。

同氏は中国などに対する関税率を引き上げることで、米国の産業を守り、貿易赤字を解消しようと考えている。北米自由貿易協定(NAFTA)には否定的で、条件の再交渉が認められないならNAFTAから離脱すると述べてきた。米国の自動車業界が生産拠点を置いてきたメキシコに対しても、メキシコからの輸入車に35%の関税を課すと述べている。また、アジア太平洋地域の国々の合意を取り付けてきたTPPにも反対だ。それは長い目で見ると、アジア地域での中国の台頭を加速させることにもなりかねない。

また、同氏は移民排斥の考えも持っている。米国は先進国の中でも人口増加を達成してきた数少ない国だ。そして、人口増加は労働力の供給、国内での消費の厚さなど、経済を支える重要な要素だ。同氏の政策で米国は経済的に重要な優位性を失いかねない。

これまで発言には一貫性がなく、不透明な点が多い。トランプ大統領の誕生が世界経済の不安定化、さらなる低迷につながる要因の一つであることを冷静に考えることが必要だ。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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