現在、世界の自動車産業は、100年に一度といわれる大変革期を迎えている。主な変化は、電気自動車(EV)への移行と自動車のソフトウエア化といえるだろう。環境保護のため、EVへの移行はこれまでほぼ既定路線だった。それに加えて、最近、自動車自体がソフトウエア化する動きが鮮明化している。
AI(人工知能)の急成長や高速通信技術の発達で、走行中の自動車同士のデータ交換や、車内で自由に映画を楽しんだり音楽を聴いたりすることが可能になっている。それらは、これまでの走行性能などとは異なる、ソフトウエアによる自動車の新しい価値の創造といえるだろう。エンジンやハイブリッドなどで速く安心に走るものから、ソフトウエアで楽しむものへと変わりつつある。まさに自動車の大変革といえる。恐らく自動車にとどまらず、今後、いろいろな分野で同様の変化をもたらすと見られる。
米国や中国では、すでにソフトウエアの更新によって自動車の性能を向上させる技術が実用化されている。これから光半導体、通信衛星などIT先端技術の進歩とともに、ソフトウエアが自動車の性能を向上させ、車の社会的な役割を大きく左右する時代が到来すると予想される。ソフトウエアのアップデートによって、バッテリーの寿命が延びる。あるいは、新しいソフトウエアの配布により、自動車の自動運転性能や事故回避能力が高まる。ソフトウエアの高度化により、前述のように走っている車同士でデータをやり取りしたり、走行中の車内で映画や音楽を楽しんだりすることもできる。ソフトウエアが車の価値を向上させることになる。ソフトウエアの重要性が高まることで、あと10年もすると、自動車メーカーの収益源は車両販売後のソフトのメンテナンスが中心になると予想する専門家もいる。それに伴い、エンジンなどの製造技術を磨いて収益を得る体制から、ソフトウエア開発重視へ自動車関連企業のビジネスモデルは変化するはずだ。
電動化や高度なソフトウエアを装備した自動車=ソフトウエア・ディファインド・ビークル(SDV)などに対応するため、企業のソフトウエア開発の能力を蓄積することが求められる。ソフトウエアなどの開発には、多くの資金と人材が必要になる。それには経営体力の強化は不可欠だ。近時、わが国の自動車業界でも見られる合従連衡の動きは、そうした要請に対応する方策といえる。今後、電動化やソフトウエア化に関して、日米欧中の自動車関連企業の競争は熾烈化するだろう。特に、中国政府は完成車メーカー、関連の車載用バッテリー部材企業に手厚い支援を実施し、圧倒的なコスト競争力を確立している。わが国メーカーが熾烈な価格競争を回避するための方策は、新しい技術をいち早く実用化し、その需要を創出することだ。全固体電池など新しい技術を使ったモデルを投入できれば、わが国の自動車関連企業が電動化に対応することは可能だろう。
自動車のソフトウエア化に関して、わが国の企業がどう対応するかは見通しづらい。わが国の自動車企業は、ハード面のすり合わせ技術を磨き、世界的な競争力を発揮した。ところが、スマホのアプリ開発などのソフトウエア分野で、世界的な競争力を発揮している日本企業はあまり見当たらない。自動車のソフトウエア化に対応するため、わが国の企業はオープンイノベーションを志向すべきだろう。自前主義に固執せず、内外のIT先端企業、自動車関連企業との業務・資本提携、買収戦略の重要性は高まる。それを通して幅広いソフトウエア開発、実用化の選択肢を手に入れる。国内の有力自動車メーカーがプラットフォームを構築し、そこへITやソフトウエア開発企業がノウハウや技術を持ち寄る。車両の生産を他社に委託する、水平分業のビジネスモデルも必要になるはずだ。大きな環境の変化に対応するため大切なのは、経営者の迅速かつ的確な意思決定だ。判断が遅れると、生き残るのが難しくなることも想定される。国内の自動車メーカーはEVやSDVの潮流にどう対応するか、目が離せない。(1月11日執筆)