足元で、世界的に政治情勢の不安定化が懸念されている。わが国の衆院選挙では連立与党が過半数割れになり、重要事項の決議に関して野党の協力が必要になった。ドイツでも連立与党の枠組みが崩れ、選挙が実施される見込みだ。
米大統領選挙では、事前の接戦予想に反してトランプ前大統領が圧勝した。ただ、同氏の政策運営を的確に予想することは難しいだろう。前回の就任期間のことを振り返っても、いろいろな軋轢(あつれき)が発生することがあるかもしれない。主要国の政治情勢が不安定化して予見性が低下することは、経済にとってプラスには作用しない。多くの企業や経営者は、経済政策などに適合するように事業展開を考えるからだ。これだけ主要国の政治に変化が起きると、今後の情勢は不安定化することが懸念される。世界的に政治の動きには十分な注意が必要だろう。
特に、世界最大の経済大国、米国の政策運営に対する予見が難しくなるのは頭の痛いところだ。“米国第一”をスローガンに掲げるトランプ氏は、関税の引き上げを世界各国に示し、最も自国に有利な条件の実現を狙うとの見方もある。いわゆるディール・メーキングだ。同氏の政策のヒントは、共和党の政策綱領にありそうだ。輸入品に一律10%の関税を課すことを目指しているという。
また、中国からの輸入品に60%、ケースによって100%の関税を適用すると主張している。そうした扱いが実現するかは現時点で不透明だが、その措置が発動される場合には、米国と中国との貿易関係の分断、国際的な貿易環境が大きく変化することが想定される。それは、グローバリゼーションの流れを逆転させ、世界経済にとって大きなマイナス要因になる可能性がある。わが国のような貿易国にとっては、特に重要な問題だ。
トランプ氏は、関税以外の分野でも中国に対して厳しい姿勢で臨むだろう。今後、半導体、AIなどの先端分野で対中禁輸、制裁措置をより厳格化することになりそうだ。中国のチップ、関連部材や製造装置の調達は難しくなるかもしれない。それはわが国企業にとっても、重要なマイナス要因になる可能性がある。中国にとっても、半導体設計、開発、製造技術の向上の遅れは景気後退リスクの上昇要因になり得る。EVや車載用バッテリー、鉄鋼、太陽光パネルの過剰生産問題などでも、米国は対中強硬姿勢を徹底するだろう。米国と中国などの通商摩擦が激化するリスクは上昇傾向だ。EVなどの分野で関税の報復合戦、不買運動などが激化する“貿易戦争”の恐れも高まる。
EUの中心国の一つ、ドイツの連立政権が崩れたことも気掛かりだ。ここへ来て、ドイツ経済がかつての勢いを失っている。政策運営に支障が出るようだと、影響は欧州全体に及び、EU内部での意思決定に懸念が出ることも想定される。いまだウクライナ情勢の先行きが読めない中、欧州諸国の結束にひびが入るとすれば、経済だけではなく安全保障面の不安要素になるかもしれない。そうした懸念から、一時、わが国や中国、欧州などで株価が不安定化する局面もあった。
現在、わが国の経済はデータセンターの建設などで、成長に向けたチャンスを迎えているといえる。その好機に、世界的に政治情勢が不安定化したり、わが国自身の政治的安定が毀損(きそん)したりすることは決して好ましくない。むしろ、政治がよりしっかりした体制を構築し、世界情勢の変化に敏感かつ迅速に対応できるようにすることが必要だ。
国内情勢に目を転じても、人手不足やエネルギー不足などの供給制約が顕在化している。これらの制約を放置したままでは、国内産業の高い成長を望むことは難しい。問題解決に向け、政治がいかに有効な施策を迅速に打てるかが重大なポイントだ。現在の日本経済の成長に向けたプロセスを閉ざすことがないよう、最大限の注力が必要である。私たち一般庶民も企業経営者も、これから世界情勢の変化が大きくしかも速い時代が到来することを頭の中にしっかり入れ、日常を過ごすことが重要になるだろう。(2024年11月12日執筆)