残念ながら日本人初の9秒台(男子100m)は生まれなかったものの、8月に行われた世界陸上競技選手権(世界陸上、ロンドン)で、日本の選手たちがまたまた世界を驚かす快挙をやってのけた。男子の400mリレーで銅メダルを獲得したのだ。2016年リオデジャネイロ五輪の同種目で日本は銀メダルを取っているが、あのメダルが決してラッキーの産物ではなかったことを今回の銅メダルが証明したことになるだろう。
第1走者は100mでも抜群のスタートダッシュを見せた多田修平(関西学院大)、第2走者はリオでも2走を務めた飯塚翔太(ミズノ)、今回100mに出場できず悔しい思いを募らせていた桐生祥秀(東洋大)が第3走者。第4走者は予選で走ったケンブリッジ飛鳥に代わって、決勝では藤光謙司(ゼンリン)が抜擢された。
日本は決勝レースで2つのギャンブルを試みた。予選では各選手のバトンパスに詰まる場面があった。これを解消すればもっと速く走れるはずだ。多田→飯塚→桐生のスタートタイミングを半足分(約14㎝)遠くする。また桐生→藤光のタイミングは日本での練習より一足分遠くした。つまり、どの選手もそれまでよりも早めに走り出すタイミングで勝負したのだ。これがうまくいけばお互いに加速した状態でのバトンパスになるが、失敗すればバトンが渡らない可能性もある。
そしてもう一つの賭けは、藤光の起用である。持ちタイムから言えば、100mに出場したサニブラウン・ハキーム(東京陸協)やケンブリッジ飛鳥の方が速かったが、日本のコーチ陣は万全の状態ではない二人よりも藤光の勝負強さに賭けた。補欠的な役割でロンドンに来ていた藤光だったが、「1走から4走までのうち、どこを走ってもいいように準備していた」と集中力を切らすことはなかった。
日本のタイムは38秒04。9秒台で走る選手はいないが、全員が9秒台で走っている計算になる。それをかなえるのは半足分の調整力と、たとえ補欠に回っても最善の準備を怠らない責任感だ。藤光は言った。「日本中の控えに回っている人に勇気を届けられたのならうれしい。必ずチャンスは巡ってくる」
繊細な感覚と仕事への使命感。まさに日本文化のなせる快走だったといえるだろう。
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