厚生労働省はこのほど、「平成29年版労働経済の分析」(労働経済白書)を公表した。「労働経済白書」は、雇用や賃金、労働時間などの現状や課題について、統計データを活用して経済学的に分析した報告書。平成29年版では、「イノベーションの促進とワーク・ライフ・バランスの実現に向けた課題」と題し、研究開発や新製品開発への投資の重要性、AI(人工知能)の活用に対する意識と産業構造の変化が雇用に与える影響、働き方をめぐる環境変化などの分析を行っている。特集では、白書の概要を紹介する。
第Ⅰ部 労働経済の推移と特徴
〈雇用情勢の動向①〉
■わが国経済は緩やかな回復が続く中、2016年度平均で完全失業率は3.0%と1994年度以来22年ぶりの低水準、有効求人倍率は1・39倍と1990年度以来26年ぶりの高水準となるなど、雇用情勢は着実に改善した。(図1)
■地域別の有効求人倍率を見ると、全ての地域ブロックで上昇し、全都道府県で1倍を超える水準まで上昇した。
〈雇用情勢の動向②〉
■55歳未満で見ると、正規雇用労働者は2年連続で増加しており、2016年は非正規雇用労働者の増加幅を上回って増加し、2805万人となった。
■不本意非正規雇用労働者の比率は前年同期比で13四半期連続で減少しており、非正規雇用から正規雇用への転換は2013年1~3月期以降13四半期連続で増加している。
〈賃金の動向〉
■2016年度の名目賃金は、一般労働者の所定内給与の増加が寄与したことなどにより3年連続の増加となった。
■一般労働者の名目賃金は2013年以降4年連続で増加している。
■パートタイム労働者の時給も2011年以降6年連続で増加しており、2010年から67円増加して1084円となった。
第Ⅱ部 イノベーションの促進とワーク・ライフ・バランスの実現に向けた課題(図2)
第1章 わが国の経済成長とイノベーション・雇用との関係
〈わが国の経済成長の現状〉
■GDP成長率を見ると、2000年代以降、主要国と比較してわが国は0%台と低い水準にとどまっている。
■労働投入・資本投入の寄与が弱くなる中、GDP成長率との関係が強まっているTFP(※)の上昇率が弱い状況にある。また、労働投入の大きな増加が見込めない中でもTFPの上昇を見込むことは可能。 ※TFP(全要素生産性):経済成長を要因分解した際に、資本投入や労働投入といった要因以外の成長要因(例えばイノベーションなど)を指す。
〈イノベーションの重要性とわが国の状況〉
■TFPを高めるためには、イノベーションを実現していくことが重要である。
■わが国のイノベーションの実現状況を国際比較すると、製造業・サービス業共に国際的に見て低い水準にある。(図3)
〈イノベーションの実現に向けた課題〉
■イノベーション活動を促進する要因として、研究開発や先進的な機械などを取得することが挙げられる。
■能力のある人材の不足がイノベーション活動の阻害要因となっており、人材の確保などに取り組むことが重要。
〈イノベーションの実現に向けた設備投資の重要性〉
■わが国はヴィンテージ(平均設備年齢)の上昇が進んでおり、製品開発や研究開発への投資が少ないことがイノベーションが進まない要因。
■国際的にみても研究開発が進むほどイノベーションが実現しやすいという関係がみられ、新事業の創出や技術基盤の強化を目的とした研究開発を進めていくことが重要である。
〈イノベーションの実現に向けた高度人材の活用の重要性〉
■わが国では6割以上の企業で教育訓練が実施されておらず、イノベーションの実現には教育訓練の促進が課題。
■博士課程を卒業した者など高度な人材を活用することがイノベーションの実現に効果的だが、わが国は博士卒の人材の割合が低く、専門知識や研究内容を考慮した採用を行えていない状況にある。
〈人材の有効活用に向けた取り組み〉
■研究開発成果を反映した人事評価、裁量労働制の導入が、イノベーションの実現には重要。
■このような雇用制度の導入に当たっては、長時間労働にならないよう人事管理を適切に行うなどの取り組みも重要。
〈イノベーションに伴う就業者の変化〉
■わが国はサービス業化が進んでおり、職業別にみると事務従事者や専門的・技術的職業従事者の占める割合が増加している。
■女性の研究者の比率は、諸外国と比べて低水準にとどまっている。
〈スキルを基にみた就業者の変化〉
■スキル別にみるとわが国は二極化が進み、米国と比較して低スキル職種における就業者数が増加している。
■低スキル職種における就業者数が増えた理由として、IT(情報技術)革命に乗り遅れたことや、働き方の多様化により非正規雇用労働者が増加したことが考えられる。
〈AI(人工知能)の進展などが雇用に与える影響〉
■AIが職場にもたらす影響として、労働時間の短縮や業務の効率化による労働生産性の向上が期待される一方で、新しい付加価値の創出のために活用する企業は少ない。
■今後、AIの進展などにより雇用の在り方が変わることが予想されるが、技術が必要な職種や人間的な付加価値を求められる職種の就業者は増加する。
〈AIが進展した時代に労働者に必要とされる能力〉
■AIが一般化した時代に求められるスキルとしては、AIの可能性を理解し、使いこなす能力や、AIに代替されにくいコミュニケーション能力が挙げられており、今後、こういったスキルを高めていくことが重要。(図4)
■AIの広がりについて企業、従業員とも危機感が低い中で、意識の高まりが求められる。
第2章 働き方をめぐる環境の変化とワーク・ライフ・バランスの実現
〈長時間労働などワーク・ライフ・バランスをめぐる現状〉
■一般労働者の労働時間はほぼ横ばいで推移している中、長時間労働者は減少傾向にあるものの依然として1割以上存在する。また、国際的に見てもわが国は長時間労働者の比率は高い。
〈働き方を巡る環境の変化と共働き世帯の増加〉
■子育て世代の女性の労働参加が進むとともに、世帯を持つ女性の有業率は高まっており、共働きの世帯が増加している。
■女性の就業に対する意識が変化し、夫の収入が高くても働く人や子供ができても仕事を続けたいという人が増加している。
〈仕事と家庭の両立における課題〉
■長時間労働者ほどワーク・ライフ・バランスが実現されておらず、また、共働き世帯は専業主婦世帯より夫・妻の感じるストレスが強くなっており、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取り組みが重要。
■今後、団塊の世代(1947~1949年生まれ)が75歳以上になる中で、雇用の担い手となる団塊ジュニア世代(1971~1974年生まれ)の介護ニーズが大きくなっていく。
〈ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取り組みの効果〉
■労働時間が短いほど労働生産性が高いという関係が見られるため、労働時間を短縮することが重要。
■ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取り組みを進めていくことにより、売上高の増加や離職率の低下が期待できる。
〈長時間労働の削減に向けた効果的な取り組み〉
■長時間労働の削減に向けた取り組みは多く行われているが、実際の効果は限定的である。
■長時間労働を削減した企業の取り組みとして実態把握などが行われているが、効果的だと考えられる「短時間で質の高い仕事をすることの評価」や「仕事を代替できる体制の整備」などの取り組みは十分に行われておらず、これらの取り組みも併せて行うことが有効。(図5・6)
〈家事・育児と仕事の両立に関する状況と取り組み〉
■共働き世帯と専業主婦世帯で、夫の家事時間はほとんど変わらない。
■長時間労働者を中心に、男性は家事・育児参画のために残業が少なくなることを要望する割合が高い。
■働きながら育児をする人に協力したいと考えている者は多く、職場などにおいて周りに協力を求めることが効果的。
〈情報技術を活用した新たな働き方の効果〉
■技術革新に伴う新たな働き方に注目が集まる中で、テレワークなど情報技術を活用した働き方の導入を促進することが、労働生産性の向上やワーク・ライフ・バランスの実現に貢献することが期待される。
■導入が進んでいるテレワークは、仕事の生産性の向上やストレスの軽減、家族とのコミュニケーションの確保など、企業と労働者双方にメリットがある。
〈技術革新を活用した柔軟な働き方への関心とその効果①〉
■好きな時間・場所で仕事をする働き方の関心は高く、情報技術を活用した雇用によらない働き方をする者が増えている。
■収入面を見ると、低収入の層が相対的に多い一方、高収入の層も一定程度存在している。
〈技術革新を活用した柔軟な働き方への関心とその効果②〉
■シェアリングエコノミーの国内市場は拡大することが予測されている。
■雇用によらない働き方の満足度について、自分のやりたい仕事が自由に選択できると回答した人が多くなっている一方、不満足理由について、収入面や将来の展望が持てないことを挙げる人が多く、今後実態を把握した上で対応について検討することが必要。
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