「働き方改革」というと、少し大上段に構えてしまうかもしれない。しかし、日常的に“ほめる”を実践すると、笑顔が増え、人間関係も良好になり、会社の業績も劇的に変わる。社内にほめる習慣を取り入れることが「働き方改革」の第一歩になるという。そこで、日本ほめる達人協会理事長の西村貴好さんに聞いた。
総論
西村 貴好/一般社団法人日本ほめる達人協会 理事長
正しくてもダメ出しはモチベーションを下げる
社内にほめる習慣が根付いたら、会社の業績が伸びる。にわかに信じられないかもしれないが、本当だ。誰でも人からほめられればうれしくなり、心に余裕が生まれ、周囲にも寛容になる。すると人間関係が良くなって離職率が下がる。また、意欲も湧いてくるので仕事のパフォーマンスも上がり、業績にも良い影響を与えるのだ。
しかし頭では理解していても、日本人はほめるのが苦手だ。恥ずかしいと感じ、いざほめてもおべんちゃらやお世辞と思われるのではないか、的外れなほめ言葉でかえって相手を不快にさせてしまうのではと心配してしまう。職場内ならなおさらだ。もちろん、仕事の場でできていないことや足りない部分を見つけて、注意したりアドバイスしたりするのは必要なことだ。しかし、日本ほめる達人協会理事長の西村貴好さんは「いくら正しくてもダメ出しは、モチベーションを下げる」と言い切る。
「指摘したことは正論で、相手がそこを直しても、また別のダメなところに目が行きます。するとモグラたたきのようになって、言われた相手はどんどん萎縮し、意欲を失っていくのです」
西村さんが2011年に同協会を設立し、ほめる達人(以下、ほめ達)になる前は、ダメ出しの達人だったという。かつて覆面調査会社を起業し、飲食店などを中心にダメなところを徹底的に洗い出す仕事をしていたのだ。しかし、よかれと思って次々にダメ出ししたら、店からみるみる活気が失われていったそうだ。そこで方針を転換して、良い点に着目することにした。本当はダメな方が圧倒的に多いのだが、先方には良いところ全部と、すぐに直せる改善点を1~2点だけ伝えるようにした。
「2~3カ月後に再びその店を調査に行って驚きました。指摘した点が直っていたばかりか、伝えていなかったダメなところも改善していたんです。ダメ出しをするとそこだけを直して終わりですが、良いところをほめて認めると、社員が自主的にそれ以外の課題を見付けて良くしようとすることが分かりました」
“ほめる”とはその人の価値を発見して伝えること
「ほめて、認めて、アドバイス」することで起こった良い変化を目の当たりにした西村さんは、同志社大学の太田肇教授と共同で、ほめる効果の検証実験を行った。
ある公益企業で、従業員約1000人を半分に分け、片方の上司だけにほめる研修を行った後どうなったかを調べた。すると、研修を受けた上司の下で働く部下の満足度やモチベーションは上がり、研修を受けなかった上司の部下では低くなるという結果が出た。特に35歳未満の従業員では、その違いが顕著だった(グラフ参照)。また、某生命保険会社でも研修を受けた者と受けていない者との違いを調べたところ、受けた方は月間の契約件数が約2割アップした。
「ほめるというのは、その人の価値を発見して伝えることです。いかに価値があっても、気付かなければないも同然。気付かなかったところに光を当てて、言葉で伝えるのがほめることなんです」
西村さんはほめるノウハウを体系化し、幅広い業種にほめ達研修を行ってきた。中でも顕著な効果があったのは、とある焼き鳥チェーンだ。そこは全国に店舗を拡大中だった3年間、人材募集にかけるコストがゼロだった。ほめる習慣によってスタッフが輝き、その輝きによってお客さまが集まり、お客さまが「ここで働きたい」とバイトに入ってきて、そのまま社員になったのだ。
また、ある自動車教習所では、教習生が増え、検定合格率が上がり、卒業後1年間の事故率は半減した。ほめる効果は数字でも証明されている。
事実を入れる「ほめツボ」と「3S+1」でコツをつかむ
では、具体的に人の何をどうほめればいいのだろうか。西村さんによると、ほめ方にはポイント(ほめツボ)があるという。
まず、事実が入っていることが大切だ。例えば、Aさんのシャツがいいと思ったら、「いいね」だけでなく「涼しげな色合いがいいね」と事実を入れる。そして、その事実が誰かの役に立っていることを伝えるとなおいい。「そのシャツを見ていたら、暑さが和らいだ気がします」といった要領だ。
「ほめるのとおべんちゃらの違いは、事実が入っているかどうかです。ニコニコしている人に対して、ただ『素敵だね』というと、相手にいぶかしがられるかもしれませんが、『笑顔が素敵だね』と言えば、ストンと腑に落ちるでしょう。『その笑顔を見て疲れが吹っ飛んだよ』と役に立ったことを付け加えれば、相手は貢献実感が得られるので効果が倍増します」
さらに、「いつも」を付けるのも方法だ。「○○さん、いつも仕事が正確だね」と言うと、「私はあなたのことを見ていて評価している」ことが相手に伝わる。また、目上の人をほめるときは、質問形式にしてみよう。「○○さんはどのようにこの技術を取得したんですか」「多忙の中いつ勉強しているんですか」という質問には、暗に「そんなあなたを尊敬しています」という気持ちが含まれ、相手も悪い気はしない。「とはいえ、ほめ言葉のボキャブラリーが少ないと、とっさに口に出ない場合があります。こんなときおすすめなのが、『3S+1』です。3Sは『すごい』『さすが』『すばらしい』で、女性の場合はそこに『素敵』を加えるといいでしょう。これらの言葉を口癖にしておくと便利です」
感謝の気持ちを伝えるのもほめることと同義だ。その際、「○○をやっておいてくれてありがとう」というように「事実+感謝」の形で伝えよう。貢献実感が高まり、大きな喜びを感じるはずだ。 「中には、ほめられても素直に喜べないタイプの人もいます。この場合は奥の手として、第三者を使うと効果的です。『君は気が利くね。取引先の○○さんもそう言っていたよ』などと第三者を登場させると、言葉の信ぴょう性が増し、相手も素直に聞けるものです」
勇気を出してほめ達になろう
ほめる効果とほめツボが分かっても、実際にほめるとなると抵抗があるかもしれない。というのも、今の経営者や責任のある立場の人の多くは、ほめられた経験が少ないからだ。特に中小企業の二代目・三代目は先代から厳しく指導され、ダメ出しされながら今を築いてきたため、その成功体験と違うことを始めるのは勇気がいる。
しかし、時代は変化し、若い世代には叱られ慣れていない人もいる。愛のムチとばかりにダメ出しをして、従業員のモチベーションを下げ、自信を失わせては元も子もない。最初は照れくさいかもしれないが、経営者自ら従業員一人一人をよく観察し、いいところを見つけて相手にそれを伝えてみよう。あるいは、ほめる習慣を社内に導入すると宣言して、従業員全員が一斉に取り組んでもよいだろう。
「社内にほめる習慣が定着すると、自然にほめ言葉が飛び交うようになり、社内全体に活気が出て、お客さまへの感謝の言葉も自然に出るようになります。ほめることは経営資源の最大活用といっても過言ではありません。経営者の方はぜひ、ほめ達を目指してほしいですね」 いいことずくめで、コストもゼロのほめる習慣。試してみる価値は十分にある。
会社データ
名前:一般社団法人日本ほめる達人協会
電話:06‒6539‒1950
※月刊石垣2019年7月号に掲載された記事です。
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