事例1 “ほめちぎる”教習所に大変身して合格率や事故率が大幅改善
伊勢市に本社を置く大東自動車が運営している三重県南部自動車学校は、「ほめて伸ばす」をモットーに、指導員が教習生をほめちぎる教習所として知られる。叱られて当然の教習所でそんな教え方で大丈夫なのかという心配をよそに、教習生の増加や合格率の向上、事故率の低下など、目に見える数々の成果を上げている。
教習所の怖いイメージを付加価値で変える
自動車教習所の指導員といえば、怖いイメージが定着している。車の運転は一つ間違えば人の命に関わるだけに、教習中は厳しくなりがちだし、実際、操作をミスすると怒声が飛ぶこともある。ところが、三重県南部自動車学校の指導員は終始柔和な表情で、仮に脱輪しても「ちゃんと止まれてすごいやん」とほめてくれる。
もちろん、昔からそうだったわけではない。同教習所がほめる指導を導入したのは2013年2月からだ。その理由は、若者の免許取得への意欲が低下してきたこと。しかも、叱られることに慣れていない人が増え、厳しくすると泣き出したり、途中で通わなくなったりするケースも出てきた。さらに、少子化による18歳人口の減少で、少ないパイを取り合って価格競争に巻き込まれないためにも、付加価値のある教習所にブランディングしようと考えたのだ。
「当社が創立40周年の社員旅行でハワイに行ったとき、私は、水上スキーを習ったんですが、インストラクターがとにかくほめちぎるんです。『センスがある』『落ち方が上手だ』とか言ってね。本当は2〜3回ですぐに乗れるようになる人もいる中、最後の最後でようやく立てるようになった私を、最高のほめ言葉で教えてくれました。その記憶をフッと思い出し、教習所の怖いイメージを変えるために、ほめる指導はどうかと思ったんです」と同社社長の加藤光一さんは振り返る。
12年11月。新たな指導方針として「ほめて伸ばす」を掲げ、加藤さんの号令で従業員全員にほめる練習を開始した。
ロールプレーを繰り返して効果を上げる
まず行ったのは、朝礼時に2人一組になって1分間相手をほめるロールプレーだ。
「最初のうちは相手の外見とかをほめますが、同じ人と何度も当たるうちにほめることがなくなり、相手の内面をほめるようになります。そのため日常的に相手の長所を見つけようとするので、従業員同士が互いに関心を持つようになりました」
普段は、つい人の短所に目が行きがちだが、長所をほめられると承認欲求が満たされ、満足感が高まる。その結果、職場に「ありがとう」という空気が生まれ、1カ月ほどで雰囲気がガラッと変化したという。
また、従業員全員で1人をほめる「ほめシャワー」というロールプレーも行った。全員で輪をつくり、その中心にいる人に対して一人ずつ順番にほめ言葉を掛けていくのだが、1度使われたほめ言葉は使えないルールなので、順番が遅いほど言うことがなくなってくる。そこで、言葉や言い回しを変えるなどの工夫をするようになる。
「人によって見るところが違うので、ほめ方もそれぞれ特徴があります。ほかの人のほめ方を参考にすることで、ほめ言葉のボキャブラリーも増えていきました」
こうしたロールプレーを数カ月間繰り返した結果、予想以上に効果が上がったため、予定を2カ月前倒しして「ほめちぎる教習所」の看板を掲げた。その後も週1回、朝礼時に「ほめてうまくいった体験」や「ほめたがうまくいかなかった体験」を皆で共有し、ブラッシュアップしていった。
「ほめて伸ばす」を他業界にも広めていきたい
当初、ほめちぎる教習の導入には、少なからず反発があったという。キャリアの長いベテラン指導員ほど、教習生をほめた経験が少ない。地域の人からも「事故を起こさないか」と問い合わせが来ることもあった。
しかし、開始から3カ月ほどたったころ、反対していたベテラン指導員から「ほめる良さが分かった気がする」と言われたという。従来の教習は100点中70点の人の、残り30点を0点にする指導法だ。つまり、できないことばかり指摘するため指導員もストレスがたまる。一方、ほめる教習は70点の方に着目し、それを75点、80点、90点とプラスにする指導法のため、ストレスが減ってきたのだ。
教習生にしても、脱輪すれば体がこわばり、気持ちに余裕がなくなる。そこへきつく叱られればパニックになりかねない。そんなとき指導員から「すぐに止まれてすごいやん」と言われたら、ホッとしてすぐにリカバリーできる。
「脱輪という失敗を成功のヒントにするためにも、ほめることは有効です。ただ、正しい技術を教えなければならないので、速度、見方、ハンドルを切るタイミングなど、曲がるために必要な目標を細分化して、論理的に説明するようにしています」
加藤さんは、ほめちぎる教習を開始後、3年間に起こった変化や成果を数値化した。その結果、教習生は約2倍に、合格率の平均は約80%から90%以上に、卒業後1年以内の事故率はほぼ半減した。そうした実績に従業員のやる気も増したそうだ。
県内でも評判の教習所となった今、加藤さんには次に思い描く目標があるという。
「現在、ほめる指導を全国に広める活動をしています。教習所だけでなく、学校の先生や子育て中のお母さんなどからの講演依頼も増えているので、ほめる指導がさまざまな人材を育てるヒントになればうれしいですね」と会心の笑みを浮かべた。
会社データ
社名:大東自動車株式会社(だいとうじどうしゃ)
所在地:三重県伊勢市小俣町元町1648-10
電話:0596-23-1155
代表者:加藤光一 代表取締役社長
従業員:95人
HP:http://www.safety-nanbu.com/s/
※月刊石垣2019年7月号に掲載された記事です。
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