昨春、新型コロナウイルス感染症の拡大によって初の緊急事態宣言が出されたとき、多くの企業が苦境に立たされた。日本におけるハーブとアロマテラピーのパイオニア企業「生活の木」も例外ではなく、全国110店舗、売上高の約7割を占める直営店事業が2カ月間にわたり休業を余儀なくされた。
当然ながら決算は惨憺(さんたん)たる結果と思いきや、前期比3%の増収、2⊡5倍の増益を記録。その背景には絆でつながる3人のパートナーの存在があった。
社員は志でつながる家族
1人目のパートナーは社員である。
「絶対に雇用を守り、給与も全額支給するので安心して休んでください」と自宅待機中の社員たちに約束したのが同社の重永忠社長だ。「健康を維持し、営業再開後にお客さまにどうやって感動していただくかを考え抜いておいてください」と、動画で語られるトップのメッセージが社員の心を落ち着かせた。
さらに重永さんは、110人の店長一人一人と毎日6人ずつオンラインで面談。会社方針や自身の意志を伝えると共に、店長それぞれの話に丁寧に耳を傾け、悩みや不安に寄り添うことでコミュニケーションを深めることを最優先した。
こうして育まれる絆が、再開後の飛躍を生み出した。例えば、マスクにハーブの芳香剤を吹きかけることで気分転換してもらうマスクスプレーといったヒット商品をつくり、消臭スプレーなど新たな事業領域を切り開いていった。
「経営者としてお客さまに喜んでいただくのは当たり前。さらに社員に幸せになってもらうことが私にとっての経営の醍醐味です」と重永さん。同社では夏冬の賞与とは別に、決算後に経常利益を3等分し、企業存続のための内部留保、新規事業への先行投資、そして業績連動賞与として社員に還元される。社員の誕生日には手書きのメッセージカードとポケットマネーでバースデープレゼントを贈り続ける彼にとって、社員は志を同じくする家族といっていい。
関わる人全ての幸せを追求
2人目のパートナーは生産者だ。
同社は1970年代からハーブとアロマテラピーを事業とし、以来、国内外の生産者と顔の見える公平な取引を積み上げてきた。
「生活の木は、お客さまに〝自然・健康・楽しさ〟を提案することを使命とし、植物の恵みを大切にしています。ですからコミュニティートレードという呼称で、フェアな取引を通じて生産者とコミュニティーを形成していく事業活動をしています」
例えば、アフリカのガーナ北部のサバンナにシアの木を植え、現地のNGO生産グループがシアバターを生産、それを生活の木がスキンケア商品として製造販売。商品に思いと文化を添えて価値を高めることで、環境保護と顔の見える支援を実現しつつ、関わる人たち全てが幸せになる循環づくりに取り組んでいる。
そして、3人目のパートナーは顧客である。
同社は長年にわたり、その存在すらほとんど知られていなかったハーブとアロマテラピーを伝道してきた。経営学の権威、ドラッカーは「企業の目的は顧客の創造にある」と説いたが、同社の歴史はまさに顧客創造の歩みといえる。
「お客さまが求めていることの本質は物ではなく心です。だから当社はハーブとアロマテラピーを手段として、ハーブとアロマテラピーとウェルネス、ウェルビーイングのある生活のお客さまへの提案を目的とします。心身の健康と合わせ、社会や地球に良い環境を創造する事業に挑戦していきます。つまり、香草で幸創ですね」
さて、緊急事態宣言が解除され店舗が再開したときのこと。生活の木では、多くの店舗で顧客とスタッフが温かい声を掛け合い、再開を喜び合う場面が見られたという。重永さんの口ぐせ「醍醐味」とはこういうことなのかもしれない。
(商い未来研究所・笹井清範)
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