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テーマ別誌上セミナー 日米関係、米中貿易戦争……世界はどう動く? バイデン大統領誕生で世界はどうなる

今年1月に米国で誕生したバイデン新大統領には、外交や経済など数多くの難問が待ち受けている。米国の今後の政策はどうなるのか。双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦さんに聞いた。

吉崎 達彦(よしざき・たつひこ)

双日総合研究所 チーフエコノミスト

吉崎 達彦(よしざき・たつひこ) 1960年富山県生まれ。一橋大学社会学部を卒業後、日商岩井(現・双日)に入社し、ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書などを経て現職。米国政治や外交・安全保障論に強く、テレビ・ラジオ番組でコメンテーターを務めるほか、著書に『アメリカの論理』『1985年』『気づいたら先頭に立っていた日本経済』(新潮新書)など多数

トランプ前大統領一人だけが目立ち続けた4年間

トランプ前大統領は、メキシコとの国境に壁を建設したり、ツイッターで次々にコメントを発したり、中国と貿易戦争を起こしたり、日々、世界を巻き込んできた。日本でもトランプ氏の名前を報道などで毎日のように見た4年間だった。

吉崎達彦さん(以下、吉崎) この4年間は、ずっと一人の人間だけが目立ち続けたという不思議な時代でした。トランプ氏は外交も経済も独断で動かして、普通ならとんでもない事態を招くはずなのに、そうなりませんでした。私はこれを「プロレス流」と呼んでいるのですが、彼は周囲の反発を引き出しても、結果的にそれほどひどいことにはならないんです。北朝鮮との関係がその典型で、丁々発止やりながらも、結果的には北朝鮮との危機は表面化しないまま4年間が過ぎました。

トランプ氏のような人は突然出てきたわけではなく、それ以前からの流れがあって出てきたわけです。それは、オバマ時代に多くの米国国民の間でたまった、さまざまな鬱憤(うっぷん)みたいなものだと思います。私は「オバマ・トランプ・バイデンの3人は、良い子・悪い子・普通の子のようなもの」と言っていて、良い子であるオバマ氏が8年間、極めてポリティカル・コレクト(政治的妥当性、政治的公正など)なことをやってきて、それに耐えきれなくなった人たちが、悪い子であるトランプ氏という指導者を選んでしまった。だがさすがに4年はもたず、それで出てきたのが普通の子であるバイデン氏だったというわけです。そのため、バイデン大統領の役割は、何かすごいことをするのではなく、元の正常な米国政治に戻すということだと思います。

熱烈な7400万票と冷めた8100万票

2020年の大統領選では、投票日直後から大きな混乱が続いた(表1参照)。トランプ氏は敗北を認めず、トランプ支持者たちも選挙結果に不満の声を上げ、今年1月6日には暴徒化して連邦議会議事堂に乱入するという事件も起こっている。

吉崎 バイデン氏の当選は予想通りでしたが、トランプ氏の得票数が前回より1千万票以上も増えていたことには驚きました。しかも7400万票という得票数は熱烈なトランプ支持者によるもので、バイデン氏の8100万票はトランプ時代を終わらせたいからという非常に冷めたものでした。

結局、今回の選挙はトランプか否かという選択だったのだと思います。もし民主党の候補者がバイデン氏以外の人だったら、負けていたでしょう。バイデン氏はいろいろな意味で都合が良かった人で、例えば78歳という高齢であることも、トランプ氏の強い支持層だった高齢者の票を奪う強みとなりました。そして白人男性なので、トランプ支持層にとってもギリギリ乗り換えられる人でした。

それに労働者階級出身で、超一流とはいえない大学を卒業しています。近年の米国大統領はアイビーリーガーが続き、その周りを高学歴集団が取り囲んでいました。そのため白人ブルーカラー層が民主党離れを起こし、前回の選挙でトランプ氏がそれを奪い取ったのです。バイデン氏はそれをまた取り返せるタイプの人でした。これが、あまり熱気のない8100万票の原動力だったわけです。

地味な実務家タイプが多いバイデン新政権の顔触れ

大統領選終了後、トランプ氏がバイデン氏への政権移行手続きを認めなかったほか、上院2議席の決戦投票が今年1月5日に行われたため、バイデン新政権の閣僚の承認に必要な上院の審議開始が遅れた。そのため顔触れは発表されたものの(表2参照)、3月を過ぎてもまだ半数近くが承認を待つ状態となっていた(3月22日に全員承認)。

吉崎 新閣僚は実務家タイプが多く、唯一の大物は気候変動問題担当の大統領特使ジョン・ケリー氏くらいです。その中で注目したいのは財務長官のジャネット・イエレン氏。この人はFRB(連邦準備制度理事会)議長の前にはクリントン政権で大統領経済諮問委員会の委員長をやっていました。これは日本でいうと昔の経済企画庁長官のようなポストで、財務長官と合わせてこの三つの主要経済ポスト全てに就任したのはイエレン氏が米国史上初です。いかに米国の政権、特に民主党政権は、女性にチャンスを与えて育て上げてきたのかがよく分かります。

一方、日本と今後、最も関わりがある閣僚といえば外交を担当する国務長官のアントニー・ブリンケン氏だ。2月23日には天皇陛下の誕生日を祝福する声明を発表し、バイデン氏と自身が、日本への訪問を望んでいると述べた。

吉崎 ブリンケン氏はオバマ政権では国務副長官を務めていたのですが、そのときの国務長官がケリー氏でした。日米関係に詳しい人の間では、今回は気候変動問題担当の大統領特使を務めるケリー氏が、ブリンケン氏の言うことを聞かずに勝手に話を進めて、環境問題で中国と勝手に取引してしまい、ブリンケン氏としてはもっと中国にプレッシャーをかけるはずだったのにとなることを心配されています。

国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めるジェイク・サリバン氏も、ブリンケン氏と似たタイプの実務家で、評判のいい人です。彼らの重要なテーマの一つが「ミドルクラス(中産階級)のための外交」です。これはトランプ氏が言っていた「米国第一主義(アメリカ・ファースト)」を民主党風に言い換えたようなもので、ミドルクラスを今より豊かにするための貿易外交を行っていくということです。

彼ら民主党の反省点の一つが、オバマ時代の外交は「意識高い系」のところがあり、普通の人たちには全く理解してもらえなかったことです。その典型がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)で、TPPのような貿易の新しいルールづくりは中国に対する牽制(けんせい)にもなるのだといった話が理解されませんでした。国のエリートが考えることと普通の人が考えることは相当違うのだという反省点があるわけです。そのため、まだしばらくはグローバリズムに背を向けた状態が続くと思います。

中国との関係より優先すべき欧州との信頼関係の回復

トランプ政権時代は、米国第一主義的な保護政策によりTPPからは脱退したが、安全保障面や日本経済にとっては、大きな問題も起こらず比較的順調な時代だった。それがバイデン政権になり、外交政策はどう変わっていくのか。

吉崎 米国にとって中国との関係が最大のテーマですが、物事には順序というものがあり、バイデン氏が最初にやらないといけないのは、トランプ政権時代に崩壊した欧州との信頼関係を修復することです。もう一つがイランとの関係で、イランでは6月に大統領選挙があり、このままほうっておくと強硬的な保守派の大統領がまた出てきて関係がややこしくなります。そのため今は、イランとの探り合いを始めているところです。

中国との関係は、もう少し時間をかけてやりたいと考えていると思います。それにはいろいろな理由があり、例えば今年7月には中国共産党創設100周年のイベントがあります。それ以前は彼らが一番ナーバスになる時期なので、米国はそこでケンカを売りたくありません。そのため、まずは同盟国との関係を固めておき、中国に対する戦略を打ち出すのはもう少し後でいいという思惑なのでしょう。

中国の脅威を意識したサプライチェーンの組み替え

経済面での中国との関係についても、トランプ氏は厳しい態度で臨み、お互いの輸入品に関税をかけあう貿易戦争を引き起こした。中国に対して比較的寛容といわれるバイデン氏になり、米中関係は変わっていくのか。

吉崎 中国に対して、共和党側のテーマと民主党側のテーマは分かれていて、貿易不均衡や新型コロナウイルスに対する説明責任などの問題は共和党側、人権問題や香港の民主化などは民主党側のテーマです。その真ん中にあるのが超党派のテーマであり、それは東シナ海、南シナ海の中国の海洋進出をどうやって止めるかや、ハイテク競争、サイバー攻撃の問題などです。バイデン政権に変わり、コアなテーマは変わりませんが、細かい部分を含めた全体的な米中関係のポートフォリオの組み替えが、この夏までにかけて行われると思います。

経済問題では、トランプ政権時代の中国との貿易戦争のようなことは起こりそうにない一方で、安全保障の面から中国の脅威を意識した変化が生まれてくる可能性がある。

吉崎 トランプ政権になってからも米国の貿易赤字は拡大していて(表3参照)、中国との貿易戦争はあまり効果を上げていません。結局、それが正しいアプローチではなかったのでしょう。少なくとも中国製品に関税をかけて国内で米国製品をもっと買わせようというアプローチは、あまり意味がなかったと思います。ただし、ハイテク関連については、どうやってハイテク製品のサプライチェーンを(中国企業抜きで)組み替えていき、米国そして自由主義圏全体にとって安全なものにしていくかが、非常に優先順位の高いテーマになると思います。

米国が経済的に内向きになる可能性も

バイデン氏は大統領就任の当日に、トランプ氏が離脱を決めた「パリ協定」(地球温暖化対策の国際的な枠組み)に復帰するための文書や、WHOからの脱退の撤回を命じる大統領令に署名するなど、国際協調路線にかじを切る姿勢を見せている。

吉崎 米国はパリ協定に復帰はしたものの、戻って何をするかが問題なわけです。欧州の国々からすると、4年後に共和党政権に戻ったら米国はまた脱退するのではないか、と心配するのは当然です。その中で米国が今後どのように気候変動の問題で指導力を発揮していくかが重要になります。バイデン氏は4月に米国で「気候変動サミット」を開催すると発表しているので、これが、大統領就任後100日以内に何か結果を出す場になるのだと思います。

多国間貿易協定のTPPは、米国が離脱したことで、残りの11カ国による「TPP11」として2018年末に発効した。さらに広い範囲の国々が参加する経済連携協定「RCEP(アールセップ)」も、昨年11月に参加国が署名を済ませ、早ければ今年末にも発効する(表4参照)。このように多国間の経済連携が進む中、TPPへの米国の復帰もあり得るのだろうか。

吉崎 経済関係については、バイデン政権が「ミドルクラスの外交」をテーマにしており、また新型コロナウイルスの影響もあって、米国が経済的にある程度内向きの国になっても仕方がないと思っています。そのため、すぐにはTPPに復帰することはないでしょう。

ただ、今から100年ほど前に「スペインかぜ」が世界中で猛威を振るったとき、米国でも多くの死者が出ましたが、その後の1920年代の米国は絶好調でした。新しい技術がどんどん出てきて、大衆文化も花開いた時代です。それと同じことがアフターコロナでも起こる可能性があります。

現在、米国は新型コロナウイルスによる死亡者数が50万人を超えていますが、経済の指標を見るとかなり強く、新たな景気刺激策を打ってくるので、今後はさらに景気が上向く可能性もあります。つまり、アフターコロナの世界は派手に突き抜けた時代になるかもしれないのです。日本もそれに乗っていけるよう、今から準備をしておくべきだと思います。

4年後の大統領選挙も政策に大きな影響を与える

新大統領が就任したばかりだが、4年後の次の大統領選のことも頭に入れて、今後の米国政治の流れを見ていく必要がある。

吉崎 今回の大統領選では差がギリギリの州も多かったので、2年後の中間選挙、4年後の大統領選のことをを考えると、バイデン氏はトランプ的なるものに一気に背を向けることはなかなかできないと思います。例えば、対中国保護貿易関税もいきなりゼロにはできないでしょう。ゼロにしたら、やっぱりトランプ氏の方が労働者のことを考えてくれていたという印象を与えてしまいます。バイデン氏は今後、そのかじ取りも難しくなってくると思います。

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