コロナ禍によるサプライチェーンの混乱もあり、世界の主要先進国は不測の事態が発生しても、その国に住む人が安心、安全、自由に生活できるよう、国内外でヒト、モノ、カネが自由に移動し、取引できる体制を確立する〝経済安全保障〟に関する取り組みを強化している。先端分野での米中対立の影響もあり、多くの国で、必要なときに必要な備品などの調達が難しくなっている。米国は半導体やレア・アース(希土類)、高容量バッテリーや医療・医薬品の分野で対中依存を減らし、サプライチェーンの自国回帰を目指す。一方、中国共産党政権は最先端の半導体製造技術などの確保を急いでいる。わが国にとっても、強力なサプライチェーンを維持することは経済安全保障上とても重要なファクターになる。
昨年12月、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブがわが国100社に実施したアンケート(注1)によると、経済安全保障の取り組みを〝行っている〟との回答は86・9%に達した。主な取り組みとして、情報管理の強化や、サプライヤーの変更や多元化がある。また、NHKが実施したアンケートでも重要資材のサプライチェーンの強化に取り組むとの回答が多かった。これらから、企業が事業継続のプランづくりに真剣に取り組んでいる姿が浮き彫りになる。
サプライチェーンの機能不全化の影響が、最も大きく出ている分野の一つが自動車産業。特に、車載用の半導体の供給不足である。わが国をはじめ欧米諸国でも自動車産業は経済のけん引役だ。各社のマネジメント体制の差もあるが、完成車の生産停滞が続けば、雇用の不安が高まる。海外で人手不足に直面し、円滑な事業運営体制を確立するために生産拠点を国内に戻す企業も増えている。
わが国政権は、経済安全保障分野の政策運営に優先的に取り組む方針を明言しており、昨年11月26日に開催された〝経済安全保障法制に関する有識者会議(以下、有識者会議)〟の資料には、その要因として三点が記された。一点目は、〝産業基盤のデジタル化と高度化〟で、わが国全体が発展するためには、国として半導体産業を振興することが必要である。二点目は、〝新興国の経済成長とグローバル・バリューチェーンの深化〟で、国際分業の加速によって、グローバルにサプライチェーンが拡大している。その結果多くの分野で特定の国の特定の企業の生産が停滞すると、世界全体でサプライチェーンが寸断するケースが増えた。そうした状況を避けるために、グローバルなチェーンづくりが重要になる。三点目は、〝安全保障の裾野拡大〟で、次世代の高速通信や半導体の製造技術の確立は、経済運営の効率性向上に欠かせなく、新しい製造技術が安全保障に与える影響も大きくなっているため、安全保障のカテゴリーを広げておくことが必要だ。
2月1日、有識者会議は『経済安全保障法制に関する提言』を提出し、(1)重要物資などのサプライチェーンの強靭(きょうじん)化、(2)基幹インフラの事前審査、(3)先端技術開発における官民協力、(4)軍事転用可能な特許非公開の四分野からなる経済安全保障の骨組みを明言した。政府は、それに基づいた法案化を検討しているが、産業界からは、過度な制約を課すべきではないとの見解もある。
重要なポイントは、国がリーダーシップを執り、持続的かつ効率的に国力を高めるべく、サプライチェーンの強化や科学技術の振興を加速させるプランをつくることだ。そのためには、規制や罰則と支援のバランスが必要だ。また、対外的には、海外諸国との調整も必要不可欠で、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)も欠かせない。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定のような高次元での関税撤廃に加えて、多国間で投資や競争のルールを一元化することは、取引の円滑化と透明性の向上につながる。経済安全保障体制の強化には、政府が企業との緊密な連携を図り、国際的に信頼感の高い経済安全保障の枠組みを整備することが重要であることは言をまたない。(2月16日執筆)
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