2009年に「人恋酒場」でデビューして以来、〝ビタミンボイス〟と称される元気が出る歌声で魅了してきた演歌歌手の三山ひろしさん。公式プロフィールは04年の「NHKのど自慢」高知県土佐清水市大会優勝から始まるが、実は1990年代後半、高校時代にも一度出場経験があった。
諦めかけた歌手の夢を漢詩が立ち直らせた
「そのときは鐘二つしかもらえませんでした。小学校低学年で歌手になると決めてからずっと歌の練習に励んできたのに、鐘二つ。だから挫折感がすごくて、実はあのときに一度歌を諦めているんです。でも、僕にとって最初の歌の先生であり、ずっとそばで応援してくれていた祖母が詩吟教室に通い始め、流れで僕も詩吟を習うようになったことが、歌手の夢をもう一度追いかけるきっかけになりました」
三山さんの気持ちに再び火をつけたのは漢詩の世界だった。歌を理解するために詩吟の歌詞である漢詩を読むうちに、その大陸的世界観の広大さに比べて、たった一度の挫折で子どもの頃からの夢を諦めた自分がいかに小さかったかを思い知ったのだという。
そして2004年に再び「のど自慢」に挑戦。今度は見事〝今週のチャンピオン〟に選ばれ、東京・NHKホールでのチャンピオン大会に出場した。以降は各社の歌謡大会やオーディションで毎年賞を受賞し、デビューから7年目の15年には、師匠である作曲家・中村典正さんの楽曲「お岩木山」で念願の「NHK紅白歌合戦」初出場を果たした。
「あのときは、デビューしてからいろいろな人に受けてきたご恩や思いがステージでよみがえってきて、途中で歌えなくなりそうになりました。師匠にいただいた曲だから歌だけは最後まできちんと、そう思って泣くのをこらえて歌い切りましたが、ステージが終わった途端、号泣してしまいましたね。祖母と僕の二人で始めた夢が、紅白に出たときには二人だけのものではなくなっていました。だから、歌い終わった後に副音声でインタビューを受けるんですが、会話にならなかったです。嗚咽(おえつ)が止まらなくて。後から後から感情の波が湧いてくる。言葉が出ないってこういうことかと思いました」
脇の枝にも花を咲かせる それによって幹が太くなる
三山さんは〝けん玉演歌歌手〟としても知られている。「三山ひろしとけん玉」という組み合わせは、今や紅白でもギネス記録更新をかけた「けん玉チャレンジ」が毎年の定番になっているほどだ。
歌以外にも人から周知される柱をもう一本持つその姿は、企業で例えるなら、「核となる事業のほかにもう一本収益の柱を持つ」経営の在り方といえるだろうか。もう一つの道を究める三山さんにとって、自身の核である歌とそれ以外のものはどんな関係にあるのだろう。
「歌が自分の本道であり、育てるべき幹だということはいつも考えています。でも、脇に枝が伸びたときにそちらでも手を抜かずに取り組んでいれば、自分にプラスになるものを得た上で必ずいい形で本道に戻って来られるんです。手を抜くといい形で戻れないんですよ。僕の場合、『あの人けん玉上手だね。何やってる人なんだろう。演歌を歌っているんだ。今度聞いてみよう』という感じで、けん玉の方でも花を咲かせることで、歌という幹を太くできています。ただし大切なのは、やり過ぎて本道を見失わないこと。本道がおろそかになると戻れなくなります。何事も手を抜かない。しかも、本道も見失わない。歌手で師匠でもある松前ひろ子さんから教わりました」
集中力と折れない心をけん玉から教わった
そうやって手を抜かずに10年間続けてきたけん玉は、今や4段の腕前だ。三山さんによれば、けん玉は「再現性」のスポーツだという。成功したときの動きを再現すれば技は必ず成功するからである。
しかし問題は、人は環境やシチュエーションが変わればメンタルが揺らいでしまい、できるはずのこともできなくなること。本誌読者にも、例えば客先でのプレゼン後に「全然イメージ通りできなかった」とがっくりした経験がある人は少なくないだろう。そんな経験のある読者に向けて、三山さんは「けん玉を始めましょう!」と力説する。けん玉は集中力と「折れない心」を養うのに最適だからだと。
「これは医学的にも裏付けがあるんです。太ももの屈伸運動で玉を上げるので足腰が鍛えられて姿勢が良くなることと、上げた玉がずれたら皿をその位置に正しく持っていかないといけませんが、そのときの空間認識と手の動きの制御が、脳にとってすごく良い刺激になるのだそうです。部屋の空気や見る人がどれだけ変わっても、自分さえ集中して正確に動けば必ず成功するのがけん玉です。集中力が大事なのは歌も同じで、特にカバー曲で三波春夫さんの長編歌謡浪曲をやらせていただくときは、歌詞が10~15分間、役柄も三、四人を演じ分けなければいけません。
そうすると、少しでも頭がほかのことに向いていると再現できないんです。ものすごく怖い。だから慌てない、焦らない、ブレない。人生で直面するこれらのテーマに関して、僕はけん玉からたくさんのことを教わっています」
薩長をつないだ龍馬のように演歌界と落語界をつなげたい
ドローンの操縦や包丁研ぎ、カブトムシやクワガタの飼育など、けん玉以外にも三山さんが取り組んでいることは多い。これからもさまざまなことにチャレンジして歌の栄養にしていきたいと語る三山さんは、昨年から落語も始めている。今年3月6日には立川志の春師匠と二人会公演も行ったというから本格的だ。
「『三山家とさ春』という名前でやらせていただいています。まだ古典落語2本しかできませんが、演目を徐々に増やしながら、今後は歌唱公演と落語公演をドッキングした『三山ひろし公演』を全国に持って行きたい。第一回は3月末に北海道で開催しました。演歌界初の試みですが、落語ファンにはある程度年齢を重ねられた人が多いので、演歌が好きな人と年齢層が重なるんですよ。だから僕が、歌謡ファンの人を落語ファンに、落語ファンの人を歌謡ファンにして、同じ芸事の世界である双方をつなげていきたいんです。薩摩と長州をつなげて歴史を動かした坂本龍馬みたいに」
来年でデビュー15周年を迎える三山さん。先月は自身初となるカバー曲全集も発売された。郷里・高知県が輩出した最大のビッグネームに自身を重ねた三山さんのこれからの活躍に、乞うご期待。
三山ひろしが唄(うた)う! -懐かしの名曲100選-
2010年から毎年リリースしてきた『歌い継ぐ!昭和の流行歌』シリーズから人気の高かった名曲を厳選。シリーズには収録されていない楽曲を含む5枚組CDボックスです。カバー楽曲全100曲を心に響くビタミンボイスで心ゆくまでお楽しみください。
三山 ひろし(みやま・ひろし)
演歌歌手
1980年生まれ。本名は恒石正彰。高知県南国市出身。2004年「NHKのど自慢」高知県土佐清水市大会チャンピオン。07年の「日本クラウン創立45周年新人オーディション」決勝大会準グランプリを経て、09年にデビュー。大みそかの「NHK紅白歌合戦」には、15年の初出場以来7年連続で出場している
写真・加藤正博
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