福岡県大牟田市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりには客観的なデータが欠かせない。今回は、福岡県の最南端に位置し、隣接する熊本県荒尾市と共に「三池炭鉱の街」として栄えた「大牟田市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
世界文化遺産のまち
江戸時代から石炭が採掘され、明治期以降の近代化を支えた「三井三池炭鉱」と石油化学工業の発展によって、大牟田市は栄えてきた。燃料の主役が石油に転換したエネルギー革命もあり、1997年に炭鉱は閉山したが、数多くの炭鉱関連遺産が注目を集め、2015年には、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産「三池炭鉱関連施設」として、三池炭鉱宮原坑、三池炭鉱鉄道敷跡、三池港が、世界文化遺産に登録された。他にも多くの近代化産業遺産があり、日本の産業発展の歩みが感じられる。また、今でも「化学」が地域最大の移輸出産業で、昼夜間人口比率は104・5%と、就業などのため人が集まる拠点性を持った地域でもある。
こうした大牟田市の特徴は、地域経済循環(15年)にも表れている。「分配」段階では、域外から就業者が集まる(給与を持って帰る)ため雇用者所得が200億円近く流出するほか、工場などが多い半面、地域本社企業が少なく、域外への利益移転などが350億円以上生じている。「支出」段階では、産業遺産など豊富な地域資源と高い拠点性を背景に、民間消費が500億円以上も流入する一方、地域企業育成が遅れ、域際収支は550億円のマイナス(所得流出)だ。
大牟田市の人口は1959年の20万人超をピークに減少を続け、2020年時点で11万人となり、今後の人口減少も避けられない。こうした状況で地域経済を維持・拡大していくためには、所得の流入を増やし、流出を防ぐといった、地域経済循環を整える取り組みが求められる。
持続的な成長のために
人口が減少しても、地域内総生産(GRP、15年時点で4千億円超)の規模を維持できれば、1人当たりGRPはむしろ向上する。この意味で、経済循環の再構築は、持続可能な地域づくりであり、SDGsの取り組みそのものでもある。
SDGsは、15年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中核をなすもので、17のゴール・169のターゲットからなる世界共通目標である。その実現には、行政だけでなく、企業も積極的な参加が求められている。市場機会も世界的には12兆ドルを超えるという試算もあり、日本においても、各地で具体的な取り組みが生まれている。
コロナ禍で利用が進んだテレワーク・リモートワークも、従業員にとって働きやすい環境が整備され、QOL(生活の質)の向上につながることから、「働きがいも成長も」という目標に貢献する取り組みであろう。
そもそも大牟田市は、11年度に、市内全小・中・特別支援学校でユネスコスクールに加盟し、持続可能な開発のための教育(ESD)に取り組んでおり、19年7月には「SDGs未来都市」に選定された。大牟田商工会議所も、持続的に発展する強靭(きょうじん)な経営基盤の構築などを目的に、21年10月から「大牟田商工会議所SDGs推進企業登録制度」を創設している。中小企業の活力強化と地域の再生を目的とする商工会議所らしい取り組みだ。
持続可能な成長のための取り組みを考える素地は整っている。また、明治期以降のわが国の発展を支えてきた有形無形の豊富な遺産・資産があり、周辺地域を巻き込む拠点性もある。
後は、具体的な活動へとつなげるために、域外の資金やノウハウを取り込むことが重要となるが、この点でも、世界共通の目標であるSDGsの活用が有効であろう。
SDGsを契機に、地域の潜在力を発揮し、経済の持続的な成長に結び付けていくこと、これが大牟田市のまちの羅針盤である。 (株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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