足元の世界の通貨市場では、ロシア・ルーブルを例外として、一般的に〝資源国〟と呼ばれる国の通貨が上昇している。その一方、資源・資材を輸入に頼る国の通貨への売り圧力は急速に高まり、弱含みの展開になっている。新興国通貨も資源保有量の多寡などによって選別され始めた。資源供給力の違いが、通貨の価値に大きく影響し始めている。そうした状況を見ると、資源や穀物などの商品が、通貨の価値を裏打ちする〝商品本位制〟というべき様相を呈している。
世界的にコモディティーの価格が上昇する中で、最も顕著に価格上昇したのが天然ガスだ。ウクライナ侵攻以前、1メガワット時70ユーロ台で取引されていたオランダTTFの先物価格(欧州で取引される天然ガスの指標価格)は一時200ユーロ台に急騰し、3月下旬は120ユーロ台だ。原油価格も上昇し、ウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)原油先物価格の水準は80~90ドル台から100ドル台に切り上がった。石炭価格も上昇している。また、ロシアとウクライナが生産する小麦、トウモロコシなど穀物の価格も上昇した。エネルギー資源価格が高騰しているため、代替燃料の生産に用いられる大豆やパーム油などが上昇する場面も見られた。
商品価格が上昇すればその分だけ世界各国の通貨の価値は下がる。そのため、ウクライナ危機の発生後、世界全体で通貨の価値は下落した。結果、世界全体で物価上昇圧力が急速に高まっている。米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は金融政策の正常化を急ぎ始め、パウエル議長などの発言内容から、連邦公開市場委員会(FOMC)の後、FRB関係者は物価上昇への危機感を一段と強めているようだ。ユーロ圏では短期から超長期までの金利(国債の流通利回り)がマイナス圏からプラス圏に浮上する国が急速に増えた。わが国と中国を除く国と地域で、緩和的な金融政策の正常化が急ピッチで進んでいる。
ウクライナ危機に伴う欧米諸国のロシア制裁によって、世界経済がグローバル化からブロック化に向かい始めた影響は大きく、仮にウクライナ危機が終結したとしても、短期間で以前の状態に戻ることは考えにくい。ドイツは、エネルギー面でのロシア依存から脱却する決意を表明し、液化天然ガスの輸入ターミナル建設を発表した。また、ショルツ首相は国防費を従来のGDP対比1・5%程度から2%以上に引き上げると表明した。
今後、世界的にブロック化の動きは続く可能性が高いとみられる。その中で、資源国通貨は非資源国通貨に対して強含みの展開となる可能性が高い。米ドルなど主要国の通貨に対する円の減価圧力は強まる可能性が高いだろう。ウクライナ危機の負の影響に加えて、わが国固有の問題も円安の圧力を強める。長引く景気の低迷によって、わが国では給料が増えていない。そのため、日銀は緩和的な金融政策を続ける方針を示したが、円安が進むとわが国の交易条件が悪化し海外に資金が流出することが想定される。
国内産業に目を転じると、自動車産業では半導体不足などによって生産が停滞し、世界的なEVシフトという逆風にも直面している。さらに海外からの観光需要(インバウンド需要)も蒸発した状態が続く。一方、資源価格の上昇と円安圧力によって、わが国の輸入物価は上昇基調で推移する可能性が高い。3月の貿易統計確報によると魚介類、野菜、揮発油、液化天然ガスなどの輸入数量は減少した。価格上昇と円安によって、わが国企業が本来調達すべき量のモノを確保することが難しくなっていると考えられる。
企業は収益を守るためにコスト削減を急ぐ必要が増し、その結果、非正規社員の雇用の不安定化など経済格差が拡大することも懸念される。また、価格上昇によって天然ガス輸入量が減少し、電力の供給不安が高まる。さらに賃金の上昇を期待することは難しくなり、経済と社会全体で閉塞(へいそく)感が高まるだろう。そうした展開を防ぐために、政府はエネルギー政策の転換や資源調達先の分散などを急がなければならない。 (4月14日執筆)
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