神奈川県小田原市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、戦国時代に関東随一の城下町として栄え、報徳思想で有名な二宮尊徳の出生地としても知られる人口19万人の「小田原市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
郊外の交流都市
小田原市は、箱根を背後に控える古くからの交通の要衝である。東日本最大・最古級の弥生集落「中里遺跡」では、瀬戸内や近畿、東北など広範囲の土器が見つかり、江戸時代には東海道五十三次屈指の宿場町として知られ、明治時代は鉄道開通もあって別荘地・保養地として注目を集めた。コロナ禍の2021年でも、国勢調査人口を1万人強上回る滞在人口(昼間)があり、人の交流の積み重ねが多様性を生み、魅力を醸成している地域である。
こうした特徴は、地域経済循環(2018年)にも現れており、市外から人が集まり市内で消費することから「支出」段階で民間消費が流入、市外へ人が働きに出かけることから「分配」段階で雇用者所得が流入、企業進出が盛んなため「分配」段階で域外本社などへ多額の利益移転が生じている。市外との交易額(移輸出額と移輸入額の合計)も住民1人当たり1062万円と神奈川県平均683万円の1・6倍の規模があり、「支出」段階で域際収支は流入(移輸出超過)となっている。
いずれも、ヒト・モノ・カネの活発な交流に起因するものであり、新幹線で東京から30分、新横浜から15分の近距離にある郊外ながらも、これら巨大都市(メガシティ)に負けない、独自の交流磁場を持っている。
弥生時代から続く交流拠点としての文化、小田原城をはじめとする歴史的風情、そして、森里川海が「ひとつらなり」となった自然など、多様な魅力が交流磁場の源泉だが、これらの資源を使いこなしているかは疑問が残る。
地域企業にも多様性を
域際収支を産業別に見ると、「化学」と「電子部品・デバイス」で大きく所得を稼ぐが、それ以外は総じて移輸入に依存(所得は流出)している。全ての需要を地域で賄うことは不可能だが、クリエイティブ産業の一つである「専門・科学技術、業務支援サービス業」や観光業の中心である「宿泊・飲食サービス業」などは、一定規模の市場がありながら地域企業が育っていない現状もある。多種多様な地域の資源を活用する余地は、まだ残されているのではないか。
国は2022年を「スタートアップ創出元年」としている。小田原市も、公民連携を超えて、地元をよく知る地域企業を創出することで、施策を実現しようとする発想が求められよう。例えば、PPA(電力販売契約)モデルを活用して再生可能エネルギーの開発・導入を担う企業を創出しカーボンニュートラルの取り組みを進めること、データ基盤の構築によってIT起業を促し地域のデジタル化を推進することなどが考えられる。また、今後の小田原市に不可欠な観光振興においても、地域ならではの飲食・宿泊業の創業支援は有効だ。
こうした発想は、地域の経済団体や有力企業にも求められる。東京一極集中の課題の一つは、クリエイティブ産業などある種のナレッジが東京に集中し、東京に発注せざるを得ない状況となっていることだ。創業塾や起業資金融資といったツールの充実だけでなく、実際に仕事を任せ、育てながら、地域にノウハウが蓄積されるように支援していくことが重要である。
地域の資源を活用したスタートアップを促すことは、交流を大きくすると同時に、ヒト・モノ・カネがとどまる力を強くすることであり、人口減少に負けない地域経済循環を構築することにもつながっていく。
古来よりおのずと存在した地域そのものの魅力だけでなく、それらを生かす地域企業の創出を図ることで、交流磁場の源泉となる多様性を磨くこと、これが小田原市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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