栃木県宇都宮市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、「餃子のまち」として全国に知られ、2023年8月開業に向けてLRT(次世代型路面電車システム)の工事が進む人口約52万人の「宇都宮市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
北関東最大の工業都市
宇都宮市には、多様な側面がある。県庁所在地で中核都市であることは当然として、江戸時代に日光街道・奥州街道の宿場町として栄えた「小江戸」と称される歴史都市、東北新幹線など至便な交通アクセスによる首都圏の衛星都市などである。経済面での最大の特徴は、内陸型では国内最大規模の「清原工業団地」を背景とする北関東最大の工業都市であることだ。
その特徴は、宇都宮市の地域経済循環(2018年)にも顕著に表れており、タバコを含む「食料品」を中心に第2次産業の純移輸出額が1兆円超と地域GDP(GRP)の3割強を占めている。このため、第3次産業の移輸入超過を補っても「支出」段階の域際収支は6千億円もの黒字(移輸出超過)となっている。また、「分配」段階では、工業団地に域外から多くの就業者が集まる(所得を持って帰る)ため雇用者所得は流出、工業団地進出企業が域外本社に利益を移転などするためその他所得も流出している。一方、工業団地への主な通勤手段が自動車であり市内での消費機会に乏しいことに加え、地域リソースの未活用もあって地域住民の旺盛な消費意欲を地域で賄えず、「支出」段階の民間消費は流出している。
第2次産業の集積が地域経済の強みとなっていることは確かだが、それ故に巨額の域際黒字を地域経済の自律的・内在的発展に結び付ける取り組みが遅れているともいえよう。
LRTを基盤に
宇都宮市といえども人口減少は避けられない。2020年の社会増減はプラス(766人)であるが、それを上回る自然減(▲1046人)があり、今後、その幅は拡大する。また、同市製造業の中心が人口との相関が高い「食料品」であり、地域経済に対するマイナスの影響は、これから強くなるであろう。
ただ、対応策は明確で、地域経済循環が強く太くなるよう、地域ビジネスの創出や都市生活サービスの充実に向けた取り組みを加速することであり、LRTの開業によって増加する人の循環を、経済の好循環につなげていくことだ。
典型的な観光産業である「宿泊・飲食サービス業」の労働生産性は361万円と全国平均の419万円より50万円以上も低く、豊富にある歴史的な資源の有効活用による付加価値拡大の可能性がある。代表的なクリエイティブ産業である「専門・科学技術、業務支援サービス業」も、市場規模が3千億円超もありながら、移輸入超過(所得流出)となっており、地域企業の活躍・育成余地があろう。この他にも、経済循環をスパイラルアップするさまざまなビジネスの可能性があり、これらの実現によって多種多様な地域サービスが生み出されることで、地域住民の満足度が向上し、域内での消費も活発化する。問題は、可能性にとどめず、地域を挙げて本気で実現に取り組むことができるかどうかである。
全国的に事例が増加しているPPP(官民連携)は、適切なリスク分担の下で、経済活動を育成しつつ、住民サービスの維持・向上を図るもので、その実現のためには官民による共創が必要であることから各地でプラットフォームが構築されている。
宇都宮市においても、LRTによって、人流が増加する、商業地域と工業地域が接続されるなどの効果があるが、それだけでは新しいビジネスやサービスは生まれず、官民による地域を挙げた支援体制が重要となる。
LRTを契機に地域ビジネス創出のエコシステム(基盤)を官民で構築し、住民のウェルビーイングを高め続けること、これが宇都宮市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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