日本商工会議所の創立100周年を心からお祝い申しあげます。
さて、富山商工会議所も1880(明治13)年6月「富山商法会議所」として、全国で14番目に設立、142年目を迎えた。早期設立の要因は、全国第9位の人口と富であった。少し前の73年、富山の人口は4万4000人ほどで、東京、大阪、京都、名古屋、金沢、仙台、広島、福岡の次であった。
また、富山藩は10万石だったが、江戸時代から明治初期にかけて北前船や売薬で繁栄し、25万石ほどの財力であったと思われる。爾後(じご)、ランクを落としつつも、この資本力は銀行や電力会社、鉄道業などの産業に受け継がれ、廉価で良質の電力や豊富な水を背景に精密機械工業や電子部品工業が勃興・集積し、これに売薬からの医薬業が加わった。戦後、太平洋側は新幹線などインフラが強化され、大きく発展したが、日本海側は取り残されてきた。こうした中、待望の北陸新幹線が2015年3月に富山・金沢まで開業し、今後の発展が期待される。
当所では、これを機に近隣の歴史や文化の観光に対し、日本海側随一のモノづくりを生かした全天候型の産業観光を目玉とすべく、県内8商工会議所が連携し、写真からWebにつながるAR機能も備えた「富山産業観光図鑑」を発刊した。同時に、産業観光を体系的に整理した「産業観光学」を富山大学と合同で開講したほか、観光図鑑を県立高等学校の生徒に配布し、県内産業の歴史探求に活用してもらっている。
私の趣味は絵画鑑賞だが、きっかけは大学時代在寮した富山県学生寮寮長の杉山司七先生(元東京都美術館館長)で、よく上野の美術館へ連れて行ってもらい、大いに薫陶を受けたことである。絵画などに造詣が深い経営者も多く、その後この経験が生きることとなった。
私が特別参与をしている北陸銀行も、1877年創業の加賀藩前田家出資による金沢第十二国立銀行で歴史も古く、北陸・北海道を中心とした広域地銀である。北陸と北海道は江戸時代から北前船で密接な交流があり、開拓時代には北陸より多数が移住するなど歴史的つながりが強く、当行も北海道拓殖銀行設立の前年(1899年)には小樽に進出している。頭取時代の2004年に北海道銀行と経営統合し、ほくほくフィナンシャルグループを設立したが、思えばこれもご縁と感慨深い。
地域経済の広域化、グローバル化、人口減少に伴う企業数の減少などが今後ますます進むと思われる。商工会議所や地域の金融機関は他所・他行との連携を深め、地域の大切な商工業を守り育成し、持続的な地方創生に貢献していくという決意と覚悟が問われてくる。
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