俳優・石丸幹二さんの活躍の場は、時代によって大きく変わる。劇団四季の看板役者として活躍した昭和、テレビや映画に多数出演し歌手デビューも果たした平成、そして令和に入ってもその勢いはとどまることを知らず。現在、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のハリー役では、無期限ロングランに挑み続けている。
司会や歌手としても全力投球のマルチ俳優
俳優の名を挙げると、代表作の名や名シーン、名セリフが思い浮かぶものだが、石丸幹二さんの場合は少し違う。劇団四季で活躍された姿を思い浮かべる人もいれば、TBS系列のテレビドラマ『半沢直樹』の浅野匡支店長の土下座シーンに思いをはせる人もいる。さらに音楽番組の『題名のない音楽会』や健康情報番組『健康カプセル!ゲンキの時間』の司会者、CDアルバム累計約20枚を発表する歌手としての顔もあり、「俳優」の枠にとどまらない。舞台、映画、テレビ、ラジオと、石丸さんのいる〝現場〟はいつも違う。そして2022年7月からは、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のハリー役として、藤原竜也さん、向井理さんとのトリプルキャストで舞台が主戦場となる。それも来年まで続く無期限ロングランで、1日2公演も少なくない。
「父親になったハリーを演じるのですが、動作、セリフは同じでも、表現は三者三様全く違うハリーです。3人のハリーをぜひ比較してほしいですね。そうなると少なくとも3回はご覧いただくことになりますから」
比べられるプレッシャーもどこ吹く風と、石丸さんはさわやかに笑った。いくつもの大舞台を踏み、活動領域を広げてきた実績があればこそだろうか、演じる喜びに満ちた表情は終始穏やかだ。
では、そんなマルチな名優・石丸幹二はどのように生まれたのだろうか。幼少時からその片鱗はすでに現れており、自宅のステレオセットでこっそりレコードを聴くのが好きで「音楽=幸せな時間」だったと振り返る。小学校で鼓笛隊の小太鼓を担当したことを機に、ピアノだけではなく、スネアドラムやトロンボーン、サクソフォーンやチェロなどさまざまな楽器を操り、中学、高校とクラシック音楽に傾倒していく。大学も東京音楽大学でサックスを専攻するほど、音楽人生一直線だ。
「一人で演奏するのではなく複数でいろんな楽器の音から生み出されるハーモニーがとにかく快感で、代え難いものがありました」
17年間の看板俳優時代はアスリートさながらの日々
そんな石丸さんが演奏者から演者としての転機を迎えたのが大学3年生のころ。米国のクラシック歌手のジェシー・ノーマンの歌声に衝撃を受けたことに始まる。
「言葉の持つエネルギーの大きさ、強さに圧倒されました。言葉がダイレクトに心に響いて、具体的にメッセージを届ける力に魅了されましたね。同時に大学の先生から声がいいと褒められたことも後押しになって、一念発起して東京藝術大学の声楽科に入り直しました」
積み上げてきた演奏の実績をリセットするのは並大抵の覚悟ではない。それも東京藝術大学の声楽科は最難関で、刻苦勉励も無駄に終わりかねない。だが、それでも突き動かされるものがあったと石丸さんは語る。見事試験を突破し、声楽科に入学するものの将来の見通しはない。就職活動を始める3年生になるとその不安は募るばかりだが、そんな時、石丸さんは劇団四季所属のOBと出会い、オーディションを勧められるままに受けた。そして、『オペラ座の怪人』のヒロインの恋人役という準主役に大抜擢される。
「ミュージカルは全く未知のジャンルでした。われながら怖いもの知らずでしたね」と笑うがまさに快挙。千載一遇のチャンスをつかんだ石丸さんは、これを機に劇団四季に入団を決めた。「幸運だった」と言うが、17年間看板俳優であり続けた日々は「『楽しかった』の一言ではない」と続けた。
「10本近くの公演が日本全国で同時上演されるスケジュールの中では、毎日がオーディションのようなもの。劇団員全員でロッククライミングをしている感覚で、一つ岩にかけた手、足を間違えようものなら、自分のすぐ下から誰かが這(は)い上がってくる状況です。今、求められていることは何か、そのためには何が必要かを常にチェックし続けるような毎日でした。俳優というよりアスリートに近い生活で、心身ともに鍛えられた17年間でした」
稽古中のけがを機に、100%のパフォーマンスが出せないと判断して2007年に退団。〝トップアスリート〟を辞して、石丸さんは模索する。
新しいことに次々挑戦し自分の可能性を引き出す
そして、見えてきた答えが「今までやったことのない表現をしよう」だ。09年の朗読劇『イノック・アーデン』で舞台に返り咲いた石丸さんは、ミュージカル以外の映画、ドラマ、歌、ラジオパーソナリティー、司会者と果敢に挑戦していく。それも今までの二枚目役ではなく、ヒール役やコミカルな役まで演じ、NHKのみんなのうたでは「かいじん百面相」に扮(ふん)する〝怪演〟もこなした。不安よりも先に「やってみよう」という気持ちが強くあったという。
「最初の頃はとにかく無我夢中でした。知らないことばかりで、ふがいなさを感じることもありましたが、知らないことが新鮮で、できることが増えていく楽しさもありました」
どんな役柄でもその人物の〝心の動き〟を大事に演じることに努める。その姿勢は今も変わらない。
「日常生活でも役に寄せていく自分がいて、ものの考え方、感じ方を常にシミュレーションして役づくりをしています。だからヒール役をやっている間は、僕の周りの人が大変かもしれません」と苦笑する。好奇心とチャレンジ精神で未知のジャンルに飛び込み続ける石丸さんが今、打ち込むハリー役も、自らオーディションを受けて勝ち取ったポジションだ。
前向きに自己表現を探究する一方で、地域活性化の取り組みにも関わっている。4歳まで愛媛県新居浜市に暮らしていたという縁で16年には伊予観光大使に、19年には新居浜ふるさと観光大使に就任した。
「大使になったことで愛媛の魅力を再発見させてもらっています。特に柑橘類の豊富さをもっと多くの人に知ってもらいたいです」とSNSでの発信にも余念がない。
「今はハリーのことで頭がいっぱい」と言いながらも、年相応にできることを見つけて、新しいことに挑戦し続けたいと目を輝かせる石丸さん。
「そのためにも睡眠や食生活の管理をしっかりして、太陽の光を浴びてのウオーキングやストレッチを心掛けています。定期的なヘルスチェックも億劫(おっくう)がらずに受けています」と物腰ソフトな語り口調ながら、仕事に対する一本気なアスリート気質が見え隠れした。
石丸 幹二(いしまる・かんじ)
俳優
1965年生まれ。東京音楽大学音楽学部器楽科サックス専攻。3年時に中途退学し、87年に東京藝術大学音楽学部声楽科に入学する。90年、在学中に劇団四季のミュージカル『オペラ座の怪人』でデビュー。卒業後も同劇団の看板俳優を務め続け、2007年に退団。以後、舞台、映像、音楽と活動の幅を広げ、17年よりテレビ朝日系「題名のない音楽会」の六代目司会者を務める。22年7月より無期限ロングラン上映予定の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のハリー役として出演中
写真提供:TBS/ホリプロ/HIRO KIMURA(W)
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