はじめに
本日の日本商工会議所第135回通常会員総会は、感染対策の観点から、オンラインを併用したハイブリッド形式での開催とさせていただきました。本日は、政府ならびに、各政党のご来賓の皆さま、全国各地の商工会議所から多数の皆さまにご参加いただき、誠にありがとうございます。
さて、わが国経済は、2022年4-6月期GDP成長率(2次速報値)は、年率換算で実質+3・5%となり、GDPの実額もコロナ禍前の水準にまで戻りました。しかし、足元では、長引くコロナ禍に加え、資源価格などの高騰、円安の急伸、対露制裁に伴うサプライチェーンの混乱など、複合的要因による物価上昇が国民生活や企業経営を直撃しています。
世界経済は、IMFによれば、2021年はコロナ禍からの回復で、前年比6・1%の高成長を記録しましたが、22年は3・2%の見通しであり、インフレと地政学リスクの高まりを背景とした減速感が指摘されています。
また、今回のコロナ禍は医療安全保障を、ウクライナ問題はエネルギーと食料安全保障を、米中対立は経済安全保障の必要性を、われわれに認識させました。経済界にとっては、グローバリゼーションの徹底による自由な経済活動が最も好ましいわけですが、とりわけ、経済安全保障については、それが民間経済活動に規制を課す場合は、必要最小限度の実施にとどめ、規制対象を明確で事業者が予見できるものにし、自由な経済活動と安全保障との両立を図るよう政府に求めたいと思います。この際、政府には、リスクをシェアしつつ、市場の効率性を最大限に活用した上で、イノベーションへの民間投資などを後押ししていくことに重点を置いて、官の介入は明確なロジックの下に限定して実施すべきと考えます。
Ⅰ 停滞から変革への転換期を迎えて
わが国は、今まさに、長引く停滞から変革への転換期を迎えています。
世界経済が、この20年間で年率+3・8%とかつてない程に大きく成長する一方で、わが国経済は長期に低迷し、生産性も物価も賃金も上がらない状況が続いています。足元の物価上昇は、コロナ禍から内需回復を進める上ではネガティブな要因ですが、わが国経済が、諸外国並みの経済成長、物価上昇、賃金上昇の好循環へと向かう役割を果たす契機と捉え、対策を講じていくべきと考えます。
しかし、デフレおよびデフレマインドからの脱却を果たすには、一時的に大きな混乱が生じます。政府には、真に困窮する者の再建支援をきめ細かく実施するとともに、生き残りを懸けた、中小企業の自己変革などへの強力な支援を強く求めてまいります。
新型コロナの感染拡大が、ようやく沈静化してまいりました。新たなワクチン接種や治療薬の供給を急ぎ、コロナとの共生に向けた出口戦略を具体的に示し、国民のコロナマインドを払拭(ふっしょく)し、消費・需要喚起を促していく必要があります。特に、地域経済を支えてきたインバウンドについて、早期回復を図ってほしいと思います。また、コロナ禍後に経済が正常化すれば、深刻な人手不足時代が到来します。現在、厳しい水際対策の下、将来の日本の産業を担う外国人材のジャパンパッシングが発生しています。入国者総数が5万人に拡大されましたが、入国者のVISA申請とあわせて、さらなる緩和を図るとともに、外国人に選ばれる国となる労働環境整備が急務です。
Ⅱ 新しい官民連携による社会課題解決と経済成長の同時実現に向けて
6月に、政府から新しい資本主義のグランドデザインが発表されました。私も議論に参加しましたが、従来の資本主義だけでは解決が難しい革新的な技術開発に取り組み、新しい官民連携によって、社会課題の解決を図るとともに、同時に、経済成長の実現を目指しています。
「新しい資本主義」をけん引する民間の挑戦を後押しする商工会議所活動の方向性と、民間の取り組みを支える国の役割について、述べたいと思います。
商工会議所活動の方向性
「成長と分配」による好循環を推進する最大のエンジンは、雇用の7割を占め、地域コミュニティを支える中小企業・小規模事業者の活力強化にほかなりません。われわれ商工会議所が取り組むべきは、これら企業の自己変革力を育て、地域および日本全体の成長力を強化していくことであり、次の2点に注力してまいりたいと思います。
1.中小企業の自己変革
一つ目は、中小企業の自己変革です。
わが国の中小企業の最も優れた強みは、環境変化に柔軟に対応できる「自己変革力」であります。日本には長寿の中小企業が多く、創業100年超の企業が全体の1%、世界の長寿企業に占める割合も4割超を占めています。
各地商工会議所では、デジタル化による生産性向上、事業再構築、収益力回復や事業再生・再チャレンジ、事業承継、創業支援など、中小企業が持ち前の自己変革力を最大限発揮できるよう伴走型で支援いただいております。
近年、産官学金が連携し、地域の課題解決や経済活性化を推進させる動きが進んでいます。例えば、静岡県の袋井商工会議所では、地元企業と理工系大学の共同研究開発の促進に地域ぐるみで取り組んでいます。滋賀県の彦根商工会議所では、滋賀大学が持つ、企業と共同した価値創出の取り組みに定評があるデータサイエンス学科の人材を地元経済に生かすべく、会頭自ら、産官学金が連携して企業支援やスタートアップ育成を推進する会社の共同代表となり、より地域経済の強化につなげるための取り組みをけん引しています。
また、わが国の中小企業の売り上げに占める輸出比率は、平均3%程度にとどまっています。今後も円安の継続が想定される中で、円安メリットを最大限生かすため、越境ECを活用した、中小企業の輸出拡大を強力に後押ししていくことも重要です。
例えば、群馬県の桐生商工会議所では、コロナ禍を契機に地場産業である繊維産業を底上げするため、マスク生産でブランド化を図るとともに、クラウドファンディングで資金調達し、アメリカのECサイトを通じた販路拡大に挑戦しています。
2.地域経済の好循環を生み出す魅力ある地域づくり
二つ目は、地域経済の好循環を生み出す魅力ある地域づくりです。
多くの中小企業は大都市以外の地域に拠点があります。大都市では大企業と中小企業の従業員比率は50対50ですが、地方は雇用の8割超を中小企業が支えています。従って、地方都市が衰退し、中小企業の廃業や倒産が発生すると、結果的に失業者は大都市へと向かい、地方の人口がさらに減少するという悪循環が起こります。
コロナ禍を経験した若者などの関心が地域の社会課題解決に向いている今を好機とし、デジタル技術を駆使し、大都市への人材流出を止めて、移住・定住につながる生活圏としての地域の価値を高めていくことが必要です。このためにも、2025年の大阪・関西万博、27年横浜国際園芸博などの国際イベントを起爆剤として、ヒト、モノ、資金、情報などの地域資源を活用し、官民協働で各地に仕事と良質の雇用をつくっていくことが求められます。
商工会議所には、公民連携の拠点として、地域経済の好循環を生み出す、ローカルファーストなまちづくりやインバウンド再開を見据えた観光再生と振興、農林水産業の成長産業化など、魅力ある地域づくりへの貢献が期待されています。
例えば、福岡県の八女商工会議所では、商工会議所が中心となり、古民家を特産品の八女茶をテーマとしたホテルに改修するなど、観光資源を生かしたまちづくりを進め、交流人口の増加や商店街の活性化が図られ、新規開業も増えていると聞いています。
日本商工会議所は、こうした各地商工会議所の中小企業の自己変革や地方創生への取り組みを全力でサポートしてまいりたいと思います。
民間の挑戦を支える成長基盤整備
続いて、国の果たすべき役割について、申し述べます。
民間の挑戦を支える成長基盤整備などが国の役割となりますが、特に、3点、本腰を入れた対応を強く求めたいと思います。
1.取引適正化の徹底
第一は、取引適正化です。
仕入価格高騰などのコストが増大する中、人手不足が深刻化し、企業は人材確保のための賃上げを迫られています。特に、労働分配率が7割から8割にも及ぶ中小企業・小規模事業者は、賃上げ原資に乏しく、新たな付加価値の拡大が最重要の課題です。
欧米では、消費者物価が前年同月比で約10%上昇しています。しかし、わが国は、8月の企業物価が9・0%上昇する中で、消費者物価は2・6%の上昇にとどまっており、十分な価格転嫁ができていません。生産者などは内部努力でこれを吸収していますが、個々の企業の努力にも限界があります。
BtoBでは、コストアップをサプライチェーン全体でフェアに分担する「パートナーシップ構築宣言」に取り組み、宣言数は1万3千社を超えました。今後は、政府が定めた9月と3月の「価格交渉促進月間」を契機に、価格交渉・転嫁など、定期的に行われる取引慣行を定着させるとともに、下請かけ込み寺での相談受け付けや下請Gメン、公正取引委員会による取り締まりなどにより実効性を高め、価格転嫁が一層進むことを期待しています。また、最終消費者を含めたBtoCにおいても、勇気を持って価格転嫁を進めることが必要です。
2.エネルギーの安定供給
第二は、エネルギーの安定供給です。
急速な円安も相まって資源価格高騰が続く中、補正予算による負担軽減策が講じられていますが、痛み止めの対策には限界があります。原油やLNGの安定供給の確保のほか、総理から、電力の安定供給のため、既存の原発の早期再稼働、運転期間の延長、次世代革新炉の開発・建設を含め、年末までに検討を加速化し、原発の位置付けを早期に明確化すると明言されたことは大きな前進であり、大いに期待しています。
また、中小企業も省エネ・カーボンニュートラルへの取り組みを進めていく必要があり、名古屋商工会議所などでは、相談窓口を設置し、中小企業の「知る・測る・減らす」活動を通して、経営者の意識改革を促しています。
3.潜在成長率を底上げする成長戦略の実行
第三は、潜在成長率を底上げする成長戦略、です。
2000年に世界2位であったわが国の1人当たりGDPは、昨年で28位に後退しています。今後人口が一段と急減する中、1人当たりGDP引き上げに重きを置いた、潜在成長率を底上げする成長戦略の実行が不可欠です。
政府には、人材、科学技術とイノベーション、スタートアップ、DX・GXに加えて、防災・減災・国土強靭(きょうじん)化と震災復興に対し、長期にわたり十分な規模の政府支出と大胆な規制改革を断行し、民間投資を呼び込む環境整備を求めたいと思います。また、経済安全保障や円安を背景に生産拠点の国内回帰を通じたサプライチェーンの強靭化も後押ししていくことも必要です。
併せて、社会保障制度改革や将来的な財政健全化への道筋の提示、人口減少対策に本腰を入れて取り組み、国民の将来不安を払拭し、停滞する消費や需要を喚起してほしいと思います。
おわりに
日本商工会議所は、今年で創立100周年を迎えました。
この1世紀の間、わが国経済は、戦後復興からバブル経済の崩壊、東日本大震災など、多くの苦難に直面してまいりました。しかし、その度ごとに、商工会議所の有するネットワーク力などを最大限活用して社会課題を克服してまいりました。
停滞から変革への転換期を迎える中、商工会議所自らも時代に即した変革を果たしていかなければなりません。日本商工会議所は、515商工会議所や連合会、青年部、女性会の皆さまと一層緊密に連携して、「地域とともに、未来を創る」との理念の下、現場主義、双方向主義に基づき、政策提言などで社会課題の克服にまい進するとともに、自己変革に果敢に挑戦する中小企業などを一丸となって支援してまいりたいと思います。
この10月末で第31期が終了します。私は今期をもって、会頭を退任いたしますが、9年間、皆さまから多大なるご支援をいただき、誠にありがとうございました。全国の商工会議所の会頭をはじめ役員、議員の皆さまのご協力に心から御礼申しあげます。また、10月末でご退任される皆さまにおかれましては、これまでの地域活性化への積極果敢な取り組みに対して、深く敬意と感謝を申しあげます。
11月から新体制の下に第32期がスタートします。レジリエントで豊かな経済社会の構築に向けて、中小企業の繁栄、地域の発展、日本の成長の同時実現を目指し、皆さま方の引き続きのご理解とご支援をよろしくお願い申しあげ、私のあいさつとします。
以上
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