2014年創業のスタートアップ企業、フォトシンス。鍵のデジタル化を目指して、後付け型スマートロック「Akerun(アケルン)」を15年に発表するや、手軽さと低コストから多くのユーザーを獲得。単に非接触で鍵の開閉ができるだけでなく、セキュリティー管理や勤怠管理もできるとあり、すでに累計7000社以上の企業で導入されている。
錠を鍵で開ける仕組みをクリアしたデジタル化
鍵の始まりは、紀元前2000年ごろに登場したエジプト錠だとされる。以降、4000年以上もの間、錠を開けるには物理的な鍵が使われてきた。
そこに風穴を開けたのが、フォトシンスが2015年に発表した後付け型スマートロック「Akerun(アケルン)」である。本体を既存のドアにあるサムターン錠(つまみ式ロック)を覆いかぶせるように取り付け、専用アプリをダウンロードしたスマートフォンなどの電子機器をかざすと解錠や施錠ができる仕組みだ。さらに、誰がいつ出入りしたという記録が残るため、入退室履歴の確認、時間を指定した鍵権限の付与・剥奪なども、クラウド上で管理することができる。
「開発当時はスマートロックという言葉すらなかったので、私たちはカギロボットと呼んでいました。米国でも似た機能を持つ製品が開発されていたんですが、工事をして取り付けるタイプのもの。後付け型はまだ世に出ていなかったので、自社調べではありますが、Akerunは世界に先駆けたスマートロックだと自負しています」と同社社長の河瀬航大さんは説明する。
同製品のヒントは、大学時代の仲間との飲み会の席で生まれたという。さまざまなものがデジタル化している今、鍵がデジタルになれば、うっかりなくしたり、知らぬ間に誰かに複製されたりするリスクを回避できるのではないかと。話は大いに盛り上がり、早速その週末にスマートフォンで鍵を開けるために必要な部品を買いに行き、仲間とマンションの1室で開発に取り掛かった。
「当初は趣味の一環だったんですが、ある日知り合いの新聞記者から取材を受けて記事になったんです。その途端、出資させてほしい、業務提携しませんかといった問い合わせが100件以上も来まして。あまりの反響に、多くの人が鍵で困っていることが分かり、鍵の持つ社会的な課題やリスクを解決するために、ビジネスとしてやってみたいと考えるようになりました」
アクティブ率向上のため一般家庭用から法人用にシフト
製品化を目指し、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究開発型ベンチャー支援事業に応募して、活動資金提供を含む支援を獲得した。それをもとに一般住宅用スマートロックを開発。大きな話題となり、多数の人が導入した。
「出足は好調でしたが、その後どれくらい活用されているかをリサーチしたところ、アクティブ率が徐々に低下していることが分かりました。家庭では家人が出入りする回数も限定的です。そうした中、アクティブ率が低下せず、より高いニーズがあったのは法人でした。その結果を受け、一般住宅向けから法人向けにかじを切ることにしました」
仕組みは同じだが、多数が出入りする法人の使用シーンを想定し、機器の耐久性を高め、開閉のスピードアップなどの改良に取り組んだ。また、社員証や交通系ICカードでも開けられるように、新たにカードリーダーも追加した。
「リニューアルの際に大変だったのは資金調達です。当初の開発費用は一般住宅用をつくる際にほとんど使い切ってしまったので、新たに出資してもらうために、あちこちにプレゼンして回りました」
16年、法人向け製品が完成したが、とうとう資金が底をつく。背水の陣で、経営陣をはじめ、開発者や営業担当者全員で製品の売り込みに回った結果、予想を超える企業が導入を決めてくれたことで、ようやく事業は軌道に乗った。
キーレス社会を目指してリスクもストレスも低減
「Akerun」が広く世間に受け入れられた理由として、まず中小企業にターゲットを絞ったことが挙げられる。類似製品の場合、設置に工事が必要なので相応のコストが掛かるが、同製品は接着タイプなので素人でも簡単に設置できる。会社移転の際にも、はがして新しい場所に設置し直せばよく、一度登録してあるIDはそのまま使えるので、再設定などの手間もない。そして何より、年間の使用料も安価だ。
また、製品発表後に個人情報保護法の改正があり、企業のセキュリティーに対する意識の高まりも、導入への追い風となった。近年では、中小企業のほか、大企業の地方支店や支社、24時間営業のフィットネスジム、不特定多数が利用するシェアオフィスやコワーキングスペース、学校などへの導入も増えており、現在までの累計導入社数は7000社を優に超える。
スマートロックという概念を世界に先駆けて構築し、広く普及させた河瀬さんは今後、どのような展望を描いているのだろうか。
「創業当時から、鍵を持たなくてもいい世界をイメージしてやってきました。今後はホテルや商業施設、公共施設などにも応用できたらと考えています。また、一度は撤退した家庭向けにも国内トップの錠前メーカー、美和ロック社と合弁会社を設立し再参入して、広くキーレス社会を目指したいですね」と明快に語った。
会社データ
社名:株式会社Photosynth(フォトシンス)
所在地:東京都港区芝5-29-11
代表者:河瀬航大 代表取締役社長
設立:2014年
従業員:約180人
【東京商工会議所】
※月刊石垣2022年10月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!