日本商工会議所は11月17日、臨時会員総会を開催し、第20代会頭に東京商工会議所の小林健会頭を選任した。小林新会頭は、「日本再生・変革に挑む<志を高く、新しい時代を切り拓く>」と題する所信を表明。激動の時代だからこそ、日本の良さ・強さを再認識すると同時に、新しい視点からの「変革」に挑むと宣言した。また、「三村前会頭が3期9年をかけて築いた『日本再出発の礎』を継承し、さらに発展させるとともに、変革の連鎖によって日本再生を成し遂げる」と述べた。
1.はじめに
わが国経済は、過去20年以上にわたり物価、賃金、生産性がほぼ横ばいという停滞が続き、先進諸国に比して相対的に競争力は低下しています。さらに、新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻、世界的なインフレなど、大きな環境変化が次々と押し寄せ、極めて予測困難な状況が続いています。
我々がこれから迎える第32期は、こうした大きな環境変化に対応しつつ、人口減少や少子高齢化、社会保障費の拡大、財政赤字、人手不足、エネルギー問題、さらには加速するデジタル化やグローバル化への対応など、わが国が抱える構造的課題に正面から取り組み、成長軌道に戻していくための重要な期間であると認識しています。
足元では、複合的な要因による物価上昇や円安が大きな影響を及ぼしており、中小企業は厳しい状況に置かれています。今こそ、渋沢栄一翁の「逆境の時こそ、力を尽くす」という信念に学び、長年の停滞から抜け出し、成長へと転換する好機と捉え、我々、企業経営者が積極的に行動を起こしていきましょう。
私は、会頭就任にあたり「日本再生・変革に挑む」をスローガンとして掲げました。激動の時代だからこそ、日本の良さ・強さを再認識するとともに、新しい視点からの「変革」に挑んでいかなければ、国も、企業も、この時代を生き抜くことはできません。また、三村前会頭が3期9年をかけて築かれた「日本再出発の礎」を継承し、さらに発展させるとともに、変革の連鎖によって日本再生を成し遂げるため、与えられた任を全うする決意であります。
2.重要政策課題への対応
我々民間が成長の原動力であるという当事者意識を持ち、自助努力によって変革に向けて取り組んでまいりますが、変革を支える環境整備は、国の重要な役割であり、特に以下の4点は重要なポイントであると考えます。
一つめは、「民間投資の強力な推進」であります。
経済成長のエンジンとなる民間による国内投資を強力に促進するため、新しい資本主義の重点投資4分野における官民の適切な役割分担、リスクシェアリングを図り、企業の成長期待を高めるとともに、長期計画的で十分な規模の政府支出、税制を含め、民間投資を促進するための大胆な規制改革に取り組んでいただきたいと思います。また、エネルギーの安定供給を確保するとともに、グリーントランスフォーメーション(GX)の活用など経済社会構造の大変革を通じて2050年のカーボンニュートラルを実現する上では、原子力政策を含む政府が前面に立ったエネルギー政策の推進が期待されます。
二つめは、「持続的に賃上げできる環境整備」であります。
成長と分配の好循環の実現には中小企業が賃上げできる環境整備が必要です。労働分配率が約8割と高く、賃上げ余力に乏しい多くの中小企業は、生産性が上がらない中でも賃上げせざるを得ない「防衛的賃上げ」を強いられています。コスト上昇分の転嫁を含む取引価格の適正化とともに、デジタル化などによる生産性向上や事業再構築、リスキリングなど、人材育成・確保や円滑な労働移動への支援強化が重要であります。
三つめは、「サプライチェーンの強靭化と経済安全保障」であります。
国際分業の深化等によって供給網の多様化が進む中、コロナはその脆弱性を浮き彫りにしました。国民の生命や豊かな暮らしを守る食料や医療、エネルギー、あるいは経済活動に大きな影響を及ぼす重要物資の確保に向け、生産拠点の国内回帰を含めた供給網の整備が急務であります。
とりわけ、経済安全保障については、今年5月に経済安全保障推進法が成立し、目下、実装のステージに入っていますが、企業の予見可能性を高めるとともに、民間経済活動に規制を課す際は、必要最小限度の範囲にとどめ、自由な経済活動と安全保障を両立する必要があります。
四つめは、「多様な人材が活躍できる国づくり」であります。
本格的な人手不足時代が到来する中、各企業においては、人材・働き方の多様性を受け入れ、成長に活かしていかなければなりません。女性の活躍を一層進め、多様な視点を活かしたビジネス展開を図るとともに、政府においても、労働力としての期待が高い外国人材の受入拡大、活躍推進を図るべく、外国人材から選ばれる国・地域に向けた環境整備が重要であります。
3.中小企業と地域の重要性と商工会議所の使命・役割
私は、経営者の責務は、経済価値、社会価値、環境価値の三つを同時に追求すること、即ち社会に責任を持ち、貢献することだと考えています。中小企業は、変化に対する柔軟な対応力を有しており、経営者と現場の距離も近く、経営者の理念を共有しやすい土壌があります。従業員が自分の仕事は地域の発展に貢献していると感じることで、働きがいの向上につなげている企業を私自身も数多く見てきました。こうした魅力と活気に溢れた企業が増えることで、日本の社会全体をより良くしていくことに繋がると確信しています。まさに、雇用の7割を占め、地域経済やコミュニティを支える中小企業こそが変革の主役を担っていく時代であり、我々商工会議所の役割はこれまで以上に重要になります。
(中小企業のイノベーション創出・成長を支援)
商工会議所は、大企業、中堅企業、中小企業・小規模事業者というあらゆる規模・業種の会員企業を有し、その大多数を中小企業・小規模事業者が占める特性を活かしながら、強く豊かな経済をつくり上げていくことに貢献していくべきであります。活動の根幹である約3400人の経営指導員による経営支援はもちろん、デジタル化の推進による生産性向上や、越境EC等を活用した輸出拡大支援、地域に仕事を生み出す創業や新分野展開、スタートアップ、事業承継・再構築など、中小企業のイノベーション創出・付加価値拡大を通じた成長支援について、可能なあらゆる手段を講じてまいります。また、エネルギーコスト増を乗り越えるための脱炭素経営への支援にも取り組んでまいります。
(大企業と中小企業の共存共栄の実現)
「パートナーシップ構築宣言」は、私もその重要性に共感し、宣言数の増加とともに、より実効性のある制度としてさらに発展させていくべきと考えます。
日本は、大企業と中小企業が下請け・孫請けといった系列関係を含めた形で相協力し、ともに高め合うことで、その技術力は世界に誇る地位を確立し、競争力を高めてきました。まさに、先輩である永野重雄・第13代会頭が提唱された「石垣論」です。他方、その後の大きな環境変化を受け、経営者の意識がコスト削減を重視し、企業やサプライチェーン全体で生み出した付加価値に見合った価格へ転嫁する意識が薄かったことは否めません。今後は、日本の強みを活かしつつ、サプライチェーン全体で付加価値を向上させ、その果実を共有し合える形での大企業と中小企業の共存共栄の実現を目指していこうではありませんか。
(人と企業が輝く地域の創造)
地域は、人口減少に伴う地域経済の衰退という構造的な課題に直面しています。一方で、各地域は、独自の歴史・伝統・文化を有し、伝統企業や地場産業をはじめとする多様な産業が集積し、そして地域の発展を支えてきた先人たちの努力と英知が蓄積されているなど、そのポテンシャルは高いと信じています。
こうした中、コロナによって価値観は多様化するとともに、デジタル技術の急速な普及も相まって地方圏への関心は高まっています。今こそ地方創生を再起動させる好機と捉えるべきです。これまでにも各地域では多様なプロジェクトが実施されており、その好事例の共通点は、地域の各主体が当事者意識を持って知恵を出し合い、地域のビジョンを共有し、地域資源を徹底的に磨き上げる努力を地道に行っていることであります。今後も商工会議所が官民連携の結節点として重要な役割を担い、都市再生・中心市街地活性化、あるいは農林水産業の成長産業化、地域に新たな付加価値を生む産業の育成など、各地域の成長ポテンシャルを最大限に引き出すための取り組みを一層推進してまいります。
とりわけ、観光は地方創生の切り札であります。世界経済フォーラム(WEF)が発表した「2021年旅行・観光開発指数レポート」では、2007年の調査開始以来はじめて日本は1位を獲得しました。外国人観光客の日本への関心の高まりを感じる結果であり、改めて日本の魅力、地域の魅力を発信し、インバウンド需要の地域への波及を含め、観光立国再建に向けて尽力していきます。
(大規模自然災害への備えと震災復興・創生)
今後起こりうる大規模自然災害を想定し、国土強靭化を進めていくことも不可欠です。私が2011年2月に東京商工会議所の副会頭に就任した直後に東日本大震災が発生しました。東北地方を中心に広い地域が被害に見舞われる中で、懸命に被災事業者への支援にあたられる姿、そして全国の商工会議所が思いを一にし、多額の義援金の拠出や支援物資の輸送、遊休機械無償マッチング事業を展開されている姿を目の当たりにし、商工会議所の強固なネットワーク力を実感しました。今後も中小企業、商工会議所自身の事業継続力強化に資する取り組みを推進するとともに、地域間あるいは商工会議所ネットワークを活用した広域的な支援体制など、地域防災力の強化に取り組んでまいります。
また、東日本大震災から11年を迎え、いよいよ創造的な復興に本格的に取り組むステージに入っています。東北地域においては、インフラ整備、新産業の創出・集積に向けた拠点整備など、復興に向けた動きは着実に進んでいます。他方、原子力災害地域においては原子力発電所の廃炉をはじめとする長期的課題が残されています。日本商工会議所は引き続き、被災地域の声に真摯に耳を傾け、震災復興・創生の実現と福島の再生に向けて取り組んでまいります。
4.活動方針
(「現場主義」「双方向主義」の継承・発展)
他の経済団体にはない商工会議所の最大の強みは、515商工会議所・123万会員が成すネットワーク力であります。中小企業や地域、そして商工会議所が直面する課題が複雑化する中においては、この強固なネットワーク力を最大限に活かし、商工会議所全体が一体となって活動を行っていかなければなりません。
これまで活動の軸としてきた「現場主義」「双方向主義」の重要性は今後も変わることはありません。私は「現場主義」「双方向主義」を継承・徹底し、政策提案能力を高め、変化に対応できる強い足腰を鍛えていくことが重要だと考えています。地域の第一線で活動する各地商工会議所および会員企業の皆様との対話の機会を何より重要視し、課題や変化をタイムリーに察知し、スピード感をもって実行していく組織を目指してまいります。
また、商工会議所活動の一翼を力強く担っている青年部、女性会との連携をより一層強固なものとし、若い力・女性の力との相乗効果によって、新しい活動を生み出してまいります。
5.むすびに
日本商工会議所は今年創立100周年という節目を迎え、9月16日には、天皇陛下ご臨席のもと記念式典を挙行し、各地商工会議所の皆様とともに未来への決意を確認することができました。歴史を顧みれば、先人たちは、二度の大戦や数次にわたる大不況、大規模自然災害など、幾多の困難に直面しながらも、決して屈することなく乗り越え、歴史を紡ぎ、今の日本を築いてきました。
将来、次世代の日本人が歴史を振り返った時、困難であった時代の例として、間違いなく我々が生きる今の時代を取り上げることでしょう。そんな苦しく、先行きが見えない時代であっても、あらゆる主体がそれぞれの使命と責任、そして日本人の誇りを胸に奮闘する姿に触れるたびに、必ずやこの困難に打ち克てると確信しています。
日本商工会議所は、515商工会議所や連合会、海外の商工会議所はもちろん、経団連や経済同友会、中小企業関係団体などとさらなる協調を図り、いかなる困難にも積極果敢に取り組んでまいります。私は、全国の商工会議所の皆様と一緒になって、志高く、その任を全うしていく覚悟でございますので、ともに新しい時代を切り拓いていくべく、引き続きのご支援・ご協力を何卒よろしくお願いいたします。
※月刊石垣2022年12月号に掲載された記事です。
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