長引くコロナ禍や円安状況、中小企業にとっては逆境が続いている。しかし、小さくても特定の分野において国内はもとより世界でもトップシェアを維持している会社がある。独創的な発想による製品開発からトップシェアを維持し続けるグローバルニッチトップ企業の世界戦略に迫る。
研究開発で独自のノウハウや特許を獲得 オンリーワンの技術・製品で生き残る
ワイピーシステムは、メッキ加工やアルマイト加工などの金属表面処理事業をメインに行っている。従業員30人弱の町工場だが、独自の研究により自社開発した「低温黒色クロム(CBC)加工」と、車両用緊急脱出機能付き小型二酸化炭素消火具「消棒RESCUE®」は世界市場でシェア100%。二つのオンリーワンを持つ同社は、表面処理のさらなる新技術開発のために、研究を続けている。
社会人ドクターとして大学院で研究を開始
材料の表面に金属の薄膜を被覆させるメッキは、約3500年前から行われ、日本には仏教とともに伝来したと言われている。メッキと片仮名で書くと外来語のようにも見えるが、実際は「滅金」が由来で、「鍍金」とも書く。
ワイピーシステムは古くから行われているメッキの技術に新しい風を吹き込もうと、研究開発に力を入れている。それをけん引するのが、創業者で社長の吉田英夫さんである。吉田さんは1987年に会社を立ち上げると、2000年には国立東京農工大学の大学院で社会人ドクター(企業に勤めながら大学院に所属して研究に取り組み、博士号取得を目指す制度)としてメッキの研究を始めた。
「同業他社が数多くある下請け企業として始めましたが、競争が激しく、ダンピング競争になりがちで、その状況を打開するにはどうしたらいいかを考えました。それには付加価値を付けていく必要がありましたが、メッキの仕事をしていながら、メッキ技術の科学的な本質が分かっていなかった。製造業の下請け業者の多くは、実は同じような状態だと思います。そこで、根本から勉強し直そうと思い、大学院に入りました」と、吉田さんは言う。
大学院で吉田さんは、超臨界流体(気体と液体の両方の特性を併せ持つ状態)の中でメッキ処理を行うことで廃液を出さない方法の研究を始め、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)から、そのための研究費を得ることができた。
「大学というと、中小企業の経営者から見たら象牙の塔で、産学共同研究などといってもすごくハードルが高いイメージがありました。しかし内部に入ってみると、それぞれの研究室は長屋みたいなもので、いろいろな人がお互いに協力し合っていました。運良くNEDOから研究費をいただくことができ、研究には大きな装置が必要だったので、大企業数社とコンソーシアムを組んで研究プロジェクトを遂行していきました」
吉田さんは、この研究でメッキの際に廃液を出さない超臨界メッキという方法を発明し、2003年に工学の博士号を取得した。
自社の技術が指定されるためメーカーに働き掛ける
「表面処理をもっと新しい概念で研究していけば、さらに新しい技術ができてくるはずだと考え、メッキという表面処理の一つの概念から、表面処理全体を見るようになりました。そこで会社の事業の根幹を変えていき、創業当初の表面処理メッキ専業から、今では金属表面処理と受託研究開発、そして防災関連機器を事業の3本柱としています」(吉田さん)
三本柱の一つである金属表面処理では、各種メッキ加工、アルマイト加工、そしてメッキの防錆性と塗装の防食性の両方に優れている低温黒色クロム加工を行っている。この低温黒色クロム加工は、吉田さんが研究で開発した独自の技術で、皮膜に残る有害な六価クロムイオンを電解抽出で除去することに成功。これによりメッキ加工後の過程で懸念されるメッキ被膜中の有害物質溶出をゼロにでき、特許を取得した。
「CBCはメッキと塗装の融合体で、そこに新しい機能を付与したオリジナル性が非常に高い技術です。ただ、メッキ業者は製造業の中では4次下請け、5次下請けのポジションで、メーカーに直接納入できない。そこで、うちの技術をメーカーに指定してもらうために、採用された段階で、部品仕様書の表面処理の欄に『ワイピーシステムのCBC』と指定を入れてもらえるようメーカーに働き掛けています。それにより、サプライチェーンの4、5番目であっても、部品の表面処理は全てうちに来るようになっています」と吉田さんは自信を持って語る。これはオンリーワンの高い技術を持っているからこそできることであり、これによりシェア100%を獲得することが可能になっている。
「そういう営業方法を取るために、展示会の活用や知財戦略を徹底的にやっています。これにより他社との価格競争がなくなり、収益性がグンと上がります。うちの表面処理は日本で一番収益性が高いと思います。知財戦略は、私たちのような中小企業が自社を守るための一つの秘策です。いつまでも下請けに甘んじるのではなく、独自の技術や特許を獲得する努力が必要です」と吉田さんは力を込める。
自社製品の開発に取り組み法規制の壁も乗り越える
同社のもう一つのシェア100%が、車両用緊急脱出機能付き小型二酸化炭素消火具「消棒RESCUE」である。これは、消火具とガラス粉砕機能、シートベルトカッターの三つの機能を併せ持つ世界唯一の商品。関連商品も含め、日本だけでなく海外の自動車メーカーからも純正用品として採用されている。
「私が大学院で研究していた超臨界流体で使われるのが二酸化炭素で、二酸化炭素は地球温暖化の原因とされている。そこで、この二酸化炭素を活用することで、排出量を削減することができないかと考えたのが、製品開発のきっかけです。下請けではなくメーカーになりたい、自社製品を持ちたいというのは、どの中小企業の社長さんも夢見ることだと思います。ただ、製品をどう開発して売っていくかのノウハウを持っていない。私は大学院で大企業と協力して研究する中で、企業の製品開発の進め方やリスクヘッジの取り方を学び、自社製品の開発に踏み込むことができました」
まず07年に「消棒®」と、その小型版「消棒miny®(ミニー)」を発売した。この商品は水を使わず火を消すため、電気火災や車のエンジンルームの火災に使うことができる。しかもガスなので障害物があっても奥まで届き、周りを汚すこともない。そして翌年には、世界で初めて小型消火具にガラス粉砕機能とシートベルトカッターの自動車脱出用機能を追加した「消棒RESCUE®」を発売した。
「水害で車が水に浮いたときの脱出用にこれらの機能を付けました。また、消棒minyには夜間に足元を照らせるランプを付けました。消火具は法令の壁が高く、別の機能を付けることは通常認められていませんが、行政と交渉し、消火機能が法令どおりであれば、ほかの機能は関与しないということでご了解いただきました。こういった壁を乗り越えていくことも、私の役目です」と吉田さんは言う。
これから伸びていく分野に事業を特化していく
同社の今後について、主力事業の一つである金属表面処理は、企業を存続させていくためにも、電池や半導体、液晶、航空宇宙関連など、これから伸びていく分野に特化していくと吉田さんは言う。研究開発でも、吉田さんが先頭に立ち、前進を続けている。21年には金属にカーボンナノチューブ(CNT)を高密度に定着させる表面処理技術を産学官連携で開発し、特許化した。CNTの特性を生かして素材の表面に導電性を持たせることで、船の外板に使えば錆びずにフジツボも付かず、飛行機に使えば電波を吸収してステルス性能が付与される。これには、完全に密着してはがれない低温黒色クロム加工の特性も生かされている。
「メッキ業は法規制の関係で新規参入が難しく、新しい血が入ってこない。そのため、私のような変わり者がいないと、新たな技術は生まれてきません。その新たな技術も、出すタイミングというものがあります。先走りすぎても世の中にマーケットがない状態で、いくらいい技術でも埋もれてしまいます。情報をしっかりとつかんで、出すタイミングを見極めることがとても重要になってきます」
このように数々のオンリーワン分野を持つ同社だが、吉田さんが今、頭を悩ませていることもある。
「今、事業承継に取り組んでいますが、自分がいない事業計画を立てるのは非常に難しい。どこの創業経営者さんも同じ悩みを抱えていると思います。経営者にとって、会社を世の中に残していくことも重要な仕事です。会社に収益が上がる仕組みを残し、リスクヘッジをして承継者に渡していくことに注力しています」
新技術の研究を活用してほかにはない製品を開発する。同社が市場シェア100%を継続できるのは、その絶え間ない努力の結果なのである。
会社データ
社名 : 株式会社ワイピーシステム
所在地 : 埼玉県所沢市牛沼607-6
電話 : 04-2968-5700
HP : https://www.yp-system.co.jp/
代表者 : 吉田英夫 代表取締役
従業員 : 28人
【所沢商工会議所】
※月刊石垣2022年12月号に掲載された記事です。
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