2023年で創業100周年を迎えるハクキンカイロ。同社と同じ歴史を刻んできた看板商品の「ハクキンカイロ」は、白金(プラチナ)の触媒(しょくばい)作用による酸化反応熱原理を応用した発熱器で、体を芯まで温めてくれるだけでなく、何度も使えて経済的であり、環境にも優しいことが特徴だ。その心地よさから一度使うと手放せないとロングセラーになっている。
ロンドンで見掛けた円筒型ライターがヒントに
寒い日の外出時に、そっと身に着けておきたいものといえばカイロである。手軽で安価な使い捨てタイプも悪くはないが、繰り返し使えて環境にも優しいSDGsなカイロとして、根強い人気を誇るのが「ハクキンカイロ」だ。
本体は真ちゅう製で、内部のタンクに燃料となるベンジンを注ぐ。ライターなどで火口を数秒間炙(あぶ)ると、気化したベンジンが白金の触媒作用によって熱を生み出す。この熱を利用して暖を取る仕組みだ。
「使用するベンジンはわずか25㏄。ベンジンに直接火を付けると数分で燃え尽きてしまいますが、プラチナ触媒を使うことによって約65℃の温度が最大24時間続きます」と同社三代目で社長の的場恒夫さんは説明する。
同商品を開発したのは的場さんの祖父・仁市氏だ。大阪船場の繊維問屋に勤めていた同氏は、仕入れ先のロンドンに出張した際、街角で円筒型ライターを見掛けた。それはふたを取るだけで熱を発し、タバコに火を付けるというもので、手に持つとほんのり温かかった。好奇心旺盛だった同氏は、「懐炉(かいろ)に使えるんじゃないか?」と直感。帰国後程なく熱を発する研究に乗り出した。
南極観測隊や東京五輪に採用されて国民的商品に
ハクキンカイロの熱を生み出すポイントは「触媒」である。触媒とは、それ自体は変化せずに化学反応を促す物質のことで、円筒型ライターの触媒にも白金が使われ、メタノールを燃料に熱を産生する仕組みだった。同氏はより使い勝手のよい燃料を追求し、揮発性で自然に気化して水素を生じるベンジンに着目した。
「開発では、白金を用いてベンジンを触媒燃焼させるまでがとにかく大変で、全体の8割の時間がそれに費やされました。また、触媒燃焼させるには空気が必要ですが、多くても少なくてもうまくいきません。最適な量が取り込める空気口をふたに設ける工程も一朝一夕には進まず、約3年の試行錯誤を経て実用化に成功しました」
これは今話題の燃料電池と同様の原理を用いた画期的な発明だった。完成した初号機に「白金懐炉(はくきんかいろ)」と命名し、1923年に販売を開始する。ところが、当初は全く売れなかったという。創業者自ら街頭に立って実演販売を行ったが、1個1円という価格は当時の勤め人にはとても手の出せる品物ではなかったようだ。
販路開拓に苦戦しながら2年ほどたったころ、百貨店の薬品コーナーでの販売が実現する。もともと同商品はリウマチや神経痛の緩和を念頭に置き、医療用器具としてつくったものだったのだ。それを機に、全国の一般薬局や百貨店へ販路が拡大し、売れ行きも伸びていった。
同商品が全国に認知されるようになったのは、62年に南極観測隊に携行されたことだ。同商品は熱量が高く、発熱温度が一定しているため、マイナス40℃の寒冷地でも温度が下がらないことが評価された。さらに、64年に開催された東京五輪の聖火をギリシャから運ぶ際、安全に飛行機にも乗せられるとの理由から同商品が採用され、国民的商品となっていった。
苦戦したのは使い捨てカイロの登場だ。75年ごろから急速に市場に出回るようになり、同商品の売れ行きに影響を及ぼした。
「一時的に商品は売れなくなりました。ただ、当社の商品は一度使ったら手放せない魅力があります。総熱量は使い捨てカイロの13倍もあり、その熱で体だけでなく心もほっこりと温めてくれるのです。その後、環境問題の観点から、同商品が再評価されています」
長年培った技術をほかの商材に応用して触媒産業へ
初号機の発売から約100年の間に、商品の要である触媒部分の効率を高めるため改良を重ねてきた。触媒は目に見えない部分だが、性能がアップするごとにふたの空気口の数が減っている。発熱効率が上がり、熱くなりすぎないよう空気の量を調整したためだ。
その一方で、全体のフォルムは意識的にあまり変えていない。角の丸みが少し変わっている程度だが、それには訳がある。
「当社の商品には永久保証のサービスを付けているので、不具合が起き新しい部品と交換しても、古いモデルにもはまるように嵌合性(かんごうせい)を高めているんです。実際、30~40年使い続けてくれているユーザーは少なくありませんからね」
携帯しやすく使い勝手のよいフォルムで、ずっと使い続けられる工夫がされているところが評価され、2012年にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞も受賞している。今世紀に入ったあたりから、アウトドア・レジャーやスポーツ時の使用ニーズの高まり、またヨーロッパでの高い人気を受けて売り上げが順調に伸びて、100年間で累計販売数は1億個に迫る。しかし、それも通過点だと的場さんは言い切る。
「当社はハクキンカイロ一筋に歩んできました。今後も環境と向き合う今の時代に合った100%クリーンな商品へと進化し続けます。100年間培ってきた触媒技術を、白金を使ったほかの商材にも応用し、触媒産業として事業展開していきたいですね」と創業者譲りの飽くなき探求心をのぞかせた。
会社データ
社名 : ハクキンカイロ株式会社
所在地 : 大阪府大阪市西区京町堀1-12-10
電話 : 06-6459-1020
代表者 : 的場 恒夫 代表取締役社長
設立 : 1949年
従業員 : 80人
【大阪商工会議所】
※月刊石垣2022年12月号に掲載された記事です。
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