中小企業の人手不足が叫ばれて久しい。経営者は人材を外に求めるばかりではなく、社員が能力を十分に発揮できる環境を整えることが急務だ。女性が働きやすく生き生きと活躍している企業の取り組みは、男性社員にも好影響を与え、会社のイメージアップにも直結する。そこで、女性が働きやすい環境をつくり出して業績を上げている企業に迫った。
社長と女性管理職の二人三脚で社内制度改革、伝統産業を支える
東京都中央区にある小宮商店は洋傘の製造販売を行っている。同社は女性のスタッフや職人の活躍を応援し、出産・育児休暇の導入や勤務制度の見直しなどを実行してきた。中途採用や職人の採用にも力を入れ、働きたい意欲のある女性を積極的に採用して、女性社員の活躍の場も広がってきた。こうした活動が認められ、「東京都女性活躍推進大賞」の大賞を受賞した同社の取り組みを追った。
希少な日本製の洋傘を製造小売りへの本格参入が転機に
小宮商店は1930年創業で、初代の小宮宝将氏が自身の出身地である山梨の甲州織を使った洋傘の製作を始めた。当時、日本人が使う傘は和紙を使った番傘が一般的で、生地を張った洋傘は高級品だった。
日本の傘の生産量は60年代には世界一を誇ったが、90年代には多くの企業が製造拠点を海外に移し、海外製の安価な傘が増えた。現在では日本製の傘をつくる企業は都内でも数社で、国内生産は業界全体の約1%という。
「当社は創業からずっと製造卸売業で、小売りは百貨店の催事で実施するだけでした。2014年に小売りを本格的に取り組もうと、デザインや接客ができる20代の女性を採用したのが大きな転機になりました」と語るのは、三代目で社長の小宮宏之さんである。
同社が本格的に小売り事業を開始する前年の13年、経理担当として伊藤裕子さんが中途入社した(現在は経営企画室室長)。当時、社員は年配の男性しかいなかったという。
「卸販売だったころは小宮商店という社名を隠して売っていて、どこにも社名が出ていませんでした。1本1万円以上という高級品なのに、商品はただ並べただけで、包装はビニール袋だったんです」
14年に女性を採用後、本社の1階を改装して店舗をゼロから立ち上げた。インテリアやPOPなどで店内を明るい雰囲気にした。ブランディングについて皆で話し合い、ロゴやギフトラッピングが必要と決まった。社名の入った包装用のコットンバッグやタグをつくり、商品カタログやホームページをリニューアルした。小売店を始める前に通販も実施していたが、商品の良さを伝えきれていなかったため、職人から聞き取りをして改めて商品の良さを発信し、価値を広めていった。
商品企画や開発にも女性が参加するようにした。男性が重視する機能である開閉しやすい、水はけが良いことなどに加え、軽さや持ちやすさなども生かした商品をつくった。デザインは、女性社員の意見を取り入れて若年層からも受け入れられやすいシンプルなものも企画した。
こうしてさまざまなことを女性目線で変えていった結果、15年には小売りの売り上げが数千万円になった。女性による物腰柔らかな接客のおかげでリピーターが増え、小宮さんは「傘は1人のお客さまが何本も買うものではないので、リピーターがいるとは正直思わなかった」と驚きを隠さない。
女性活躍推進の研修に参加社内制度改革に反発も
女性目線の重要性を再認識した同社では、女性活躍推進法に目を付けた。16年施行のこの法律に関連して同年、「東京都女性活躍推進人材育成研修」が開かれ、伊藤さんは研修に参加。自身が前職で出産などにより仕事を制限せざるを得なかった経験を持つ伊藤さんは、研修で学んだことを生かして同社を出産や育児を経ても働き続けられる会社にしようと取り組んでいく。
まず、伊藤さんは「勤務制度を柔軟に変えれば、数年後には会社がこのように変化する」という予測データなどをつくり、小宮さんに提案して理解を得た。また、小宮さんにも女性活躍推進の研修に参加してもらった。
「伊藤と二人三脚で取り組んできました」と小宮さん。「大きな会社と違って、社長に提案を受け入れてもらえれば実現するのは早いです。小さな会社でもお金をかけずにできることはあります」と、伊藤さんが続ける。
伊藤さんは研修の資料を自社に合った形につくり直して、女性活躍推進法に関する社内勉強会を開いた。なぜ女性活躍が必要なのか、女性が活躍することによるメリットなどを説明した。さらに社内アンケートを取り、男女兼用だったトイレを男女別にしたり、身だしなみを整える鏡を設置するなど、少しずつ社内環境を変えた。17年には社会保険労務士に相談して就業規則の育児介護規定などを改定した。
しかしこうした取り組みに対して、社内から「男性のことも考えてほしい」という声が上がる。
「男性の反発を招くことに気付いたので、女性活躍という言葉を多用するのではなく、男女ともに働きやすい環境にしようと言いました。ワークライフバランスやダイバーシティという言葉も使わず、仕事と家庭の両立など誰が聞いても分かりやすい日本語に言い換えました。自社に合うように、気取らないで伝えていくことが大事ですね」と伊藤さん。新たな仕組みをつくるときは、ベテランにも受け入れられるようにリスペクトを持って接しているという。
技術を「見て覚える」から在宅での練習も可能に
同社では女性活躍への取り組みと同時進行で組織改革や後継者育成も行い、生産性の向上や売り上げアップを図った。
「以前は仕事が属人的でした。誰でも急に休まなければならないこともあるので、担当者が休んでもその仕事をほかの人でも分かるようにしておかなければなりません」(伊藤さん)
特に技術継承は大きな問題だった。洋傘づくりは伝統技法であり社外秘で、技術はベテラン職人の自宅へ行って「見て覚える」という方法だったため辞めていく人が多かった。
同社では16年にベテラン職人のイメージ動画を作成、ホームページで公表し、見習い職人を募集した。17年には女性見習い職人が誕生したほか、自社工房を整備した。18年には職人の手仕事を言語化、数値化して、職人の自宅へ行かなくとも学べるようにした。19年、同社では「テレワーク就業規定」をつくりテレワークを導入。女性職人が出産後、育児をしながら自宅で傘をつくり、完成した商品を会社へ送ることができるようになった。また、ホームページやネットショップ担当者も自宅で仕事ができる体制にし、20年には洋傘作成工程の動画を作成、社内関係者のみ閲覧可能なシステムを導入することで、在宅での練習も可能になった。
同社がつくる「東京洋傘」は18年に東京都伝統工芸品として指定され、その伝統工芸士が同社には2人いる。現在では伝統工芸士になりたいという若手職人も増えた。以前は募集しても応募がなかった職人見習いだが、21年には応募者が84人となり、そのうち8~9割が女性だという。同年の職人数は女性5人、20代の男性3人である。社員全体では13年には7人中、男性5人で女性2人だったが、現在は17人中、男性8人で女性9人と女性が多くなっている。
東京都女性活躍推進大賞最高位の「大賞」を受賞
同社は20年3月に厚生労働省より「えるぼし」に認定されている。これは女性活躍推進法に基づき、女性の活躍推進に関する状況などが優良な企業として認められたものだ。さらに20年度「東京都女性活躍推進大賞」において最高位である大賞を受賞した。女性の視点での商品開発や取り組みが奏功し、ブランド価値を高めることができ、知名度も向上。その結果、当初90万円ほどだった小売りの売り上げが数千万円まで伸び、職人の応募者数は以前の80倍に増加した。女性のみならず、全社員が働きやすい職場となり、好循環を生み出している。
22年9月には日本・東京商工会議所が開催した日商創立100周年記念シンポジウム「成長戦略としての女性活躍推進 ~Wのキセキ~」に、同社の伊藤さんがパネルディスカッションのパネリストとして登壇し、取り組みや課題解決のポイントなどを紹介した。また同年、同社は東商の「勇気ある経営大賞」の奨励賞を受賞している。東商とのつながりができ、視野が広がったという。
今後について小宮さんに聞いた。
「傘業界は部品業者が次々に廃業していますが、なんとか今の水準を保って、地に足の着いた成長をしていきたい。海外から注目が集まっていますし、国内市場もまだまだ需要は増えると思います。商工会議所に対しては伝統工芸品をつくっている業界を盛り上げてほしいです」と期待を込めて語った。
会社データ
社名 : 株式会社小宮商店
所在地 : 東京都中央区東日本橋3-9-7
電話 : 03-3661-9064(代表)
HP : https://www.komiyakasa.jp/
代表者 : 小宮宏之 代表取締役
従業員 : 17人
【東京商工会議所】
※月刊石垣2023年4月号に掲載された記事です。
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