商業を長男に、農業を次男に
宮崎県の中央部にある西都市で、市原呉服店は116年にわたり店を構えている。創業したのは明治40(1907)年で、初代・市原長蔵が呉服屋を開業したのが始まりである。現在は反物を京都から仕入れ、地元で手縫いで着物に仕立てており、この地域で残った唯一の呉服店として、西都の着物文化を守り続けている。
「西都の商人には四国出身者が多く、初代も高知からこちらに来て商売を始めたそうです。呉服屋といっても当時の服装は着物が一般的でしたから、今でいえば衣料品店のようなものかもしれません。当初は呉服屋のほかに農業も行っていて、初代は長男に店を、次男には農業を継がせました。農業の方は市原製茶として、今もお茶の製造販売を行っています。この辺りはお茶の生産も盛んなんですよ」と、四代目当主の市原義彦さんは説明する。
昭和16(1941)年には、戦争により一時的に閉店を余儀なくされたが、2年ほどで店を再開。その後はまちの発展に合わせて何度か店舗を移転し、28年に現在の場所に店を構えるとともに、合資会社市原呉服店を設立した。場所は旧国鉄妻線・妻駅近くで、59年に妻線は廃線になったが、現在は市内や宮崎市とを結ぶバスが発着する西都バスセンターがすぐ近くにある。
「西都市は昭和40年ごろには人口が5万人ほどあり、この辺りは店が多く、買い物客でにぎわっていました」
「先義後利」の精神で
市原さんの父親で三代目の武さんは、62年に区画整理のために店舗を新たに建て直した。それが現在の店舗である。その店を市原さんが継いだのは、その翌年のことだった。
「私の兄が早々に家の商売を継がないと言っていたので、次男の私に白羽の矢が立ったわけです。特に母の方が熱心に私を説得してきました。それで20歳の頃に継ぐことを決心しました」と市原さんは当時を振り返る。
そこで市原さんは大学卒業後、修業のために熊本市の呉服店に入り、4年ほど働いて商売や着物のことを学んでいった。
「そこで店の社長さんから商売について学んだことが非常に役立ちました。特に役立ったのは『先義後利』の精神です。社長さんは、目先の利益にこだわらず、宮崎に帰ったら地域のために一生懸命やれば、自ずと利益が後からついてくると、よくおっしゃっていました」
市原さんは熊本市での修業を終え、58年に店に戻ってきたが、熊本市との商売環境の違いに悩んだ。人が多くない西都市で、どうやったらいいのか分からなかったのだ。市原さんは2、3年悩んだが、田舎ならではの強みも発見した。人と人のつながりが強く、それを大事にしていけば、商売が成り立つことだった。
着物を着る機会を提供
「別の問題もありました。私は多くのお客さまに店に来てもらうために新しいことを始めたかったのですが、父は今のままでいいと、商売のやり方を変えることに反対してばかり。それで父とはいつもぶつかっていました。そして、私が30歳のときに大げんかをして、お前が社長になって勝手にやれと父が言ったので、交代したのです」
それから市原さんは、ほかの呉服店と一緒に展示会をしたり、仕入れ先を熊本から京都に変え、そこで開催される呉服店向けの経営勉強会に参加したりするなど、店の経営方法を大きく変えていった。そして、仕入れの流通経路をなるべく省いて販売価格を抑え、着物を着ることの楽しさを伝えて、まちに着物姿の人を増やすために、20年ほど前から1カ月に2回、参加料500円の「着物を楽しむ会」を行っている。この会は着物の初心者でも参加でき、着付けの練習をしながら、ほかの参加者たちと一緒に着物を楽しむことができる。
「自分で着物を着られるようになると、着物が欲しくなり、着て外出したくなります。そこで、うちのお客さまを対象に、花火大会の観覧会や忘年会、京都への花見や都をどりの観覧、ディナー会やランチ会などを開き、着物を着る機会をこちらから提供していきました」
市内にあった呉服店が次々と廃業していく中、このような取り組みが評判を呼んで市外からもお客さまが訪れるようになり、同社は毎年売り上げを伸ばしていった。 「コロナ禍ではイベントができませんでしたが、最近になって徐々に復活させています。これからはオリジナル商品もつくっていきたいですし、コロナ禍で閉じざるを得なかった宮崎市内の支店も必ず復活させたいと思っています」と、市原さんは目を輝かせる。
まちに着物姿の市民を少しでも増やそうと、同社はさまざまな取り組みを続けていく。
プロフィール
社名 : 株式会社市原呉服店(いちはらごふくてん)
所在地 : 宮崎県西都市小野崎1-90
電話 : 0983-43-0243
HP : http://www.kimono-ichihara.co.jp/
代表者 : 市原義彦 代表取締役社社長
創業 : 明治40(1907)年
従業員 : 12人(パート含む)
【西都商工会議所】
※月刊石垣2023年4月号に掲載された記事です。
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