斬新な発想を持ち、新分野へ挑み、グローバルに活躍するスタートアップ企業に大きな期待が集まっている。特集では、スタートアップの最前線に迫るとともに、スタートアップを生み育むエコシステムの創出に向けた取り組みを追った。
加藤 雅俊(かとう・まさとし)
関西学院大学経済学部教授
[総論]新事業への支援機関や地域の連携が不可欠
スタートアップ企業に今、大きな期待が寄せられている。最初は小規模なスタートでも、やがてユニコーンとなっていく可能性を秘めている。それには新事業を支援する機関や地域との連携が欠かせない。そこで日本におけるスタートアップ企業の現状を踏まえつつ、今後新たな起業を促し、成長していくためのヒントを、スタートアップ研究の最前線に立つ関西学院大学の加藤雅俊教授に聞いた。
日本の開業率は30年以上"安定して低い状態"
─近年、スタートアップ企業が注目されています。どのような企業を指すのか教えてください。
加藤雅俊教授(以下、加藤) 明確な定義があるわけではありませんが、起業から5年くらいの若い企業をスタートアップと呼んでいます。規模の大小や企業として設立の有無は関係ないので、個人事業として始めた場合もスタートアップ企業に含まれます。
─日本でスタートアップ企業は増えていますか。
加藤 開業率で見ると、1990年代以降は4%前後で推移し、安定して低い状態が続いています(図1参照)。70年代前半までは10%を超えていて、その後7~8%で推移していましたが、バブル崩壊後にガクンと下がってからはほとんど開業率は変わっていません。日本では終身雇用が確立したことで、安定した既存企業を飛び出し、あえてリスクを取って起業する人が減るのは自然な流れといえます。こうした制度的要因が開業率を左右することは国内外の研究でも明らかにされていて、雇用が硬直した国ほど起業が進まないのは日本に限らず世界的な傾向です。
起業文化は親から子へと引き継がれることを示す研究があります。終身雇用の下で生きてきた親世代の起業に対する消極的な姿勢はその子世代に大きな影響を与えるでしょう。また、失敗をとがめる傾向にある日本の教育制度の影響もあるかもしれません。
─そうした状況の中、起業を目指す人の特徴とは?
加藤 そもそも起業は「非合理的な意思決定」かもしれません。起業して大成功を収めるのはほんのひと握りで、平均的な起業家のリターンは通常のサラリーマンよりも低いことが分かっています。しかし、多くの起業家は非経済的な動機で起業します。例えば、やりたいことがしたい、人から命令されたくない、自分の経験を生かしたい、家庭と仕事を両立させたいなどです。ユニークな考えを持った人が起業しやすいといえるかもしれません。
大学発ベンチャーや産学連携は増えている
─起業時に直面する課題にどのようなことがありますか。
加藤 やはり資金調達でしょう。その背景には市場における当事者間の情報格差(情報の非対称性)があります。スタートアップ企業は過去の取引履歴や実績などの情報がほとんどないので、投資家や金融機関などの資金提供者は成長性があるかどうか判断できません。そのため本当に有望でポテンシャルの高いビジネスでも、なかなか資金が集まらないのです。
─情報の非対称性があっても、なぜ海外の起業は盛んなのでしょうか。
加藤 確かに、欧米諸国と比べると日本の開業率は低いです(図2参照)。ただ、情報の非対称性が引き起こす問題が生じること自体は、日本も海外も変わりません。各国間で起業の活発度が異なるのは、情報の非対称性とは別の問題です。制度や文化、マクロ経済状況など多くの面で異なるからです。起業時に苦労するという点では海外も同じなのです。
取引先の開拓や採用もネックです。ゼロから始めたスタートアップ企業は事業内容も今後の成長も分からないので、取引先を開拓するのも苦労しますし、同様に人材もさまざまなネットワークを頼っての採用になることがほとんどです。
─例えば、大学の技術や研究成果をもとに事業化できれば、投資家にもアピールしやすいのでは?
加藤 そうですね。大学発ベンチャー(スタートアップ)の場合、大学を起源とする知識や技術があり、ポテンシャルも高く、成長の可能性があります。01年に経済産業省が「大学発ベンチャー1000社計画」を発表してから毎年増加していて、累計では3306社となっています(図3参照)。ただ、ユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の未上場企業)を代表とするような高成長企業になったところは少ないです。
1990年代の終わり頃に、大学の技術や研究成果を民間企業に移転するTLO法や、大学で発明した技術や成果を研究者の特許にできる日本版バイ・ドール制度が施行されたことで、産学連携が一気に進みました。その取り組みから新たなイノベーションが起こり、大学発ベンチャーのみならず、新たな起業が加速する可能性はあります。
既存企業が新規事業を社外で行う"スピンオフ"が加速
─スタートアップ企業を取り巻く環境で何か注目していることはありますか。
加藤 最近の動向として、既存企業が新規事業を社内ではなく、社外に子会社をつくってスピンオフを促進する動きが出てきました。例えば、優秀な社員が「何か新しいことをやりたい」と思っても、大きな組織の中ではさまざまな制約があって実現しにくい。その点、別会社であれば、比較的自由に行うことができます。
親会社と資本関係を維持したまま連携するケースもあれば、完全に分離するケースなどさまざまです。いずれにしてもスピンオフの場合、創業者たちが前職で培った経験や技術、人脈などを生かせるので、資金調達や取引先の開拓などで有利です。
─優秀な人材が外に出ていくのは、企業にとって損失になりませんか。
加藤 そうとも言い切れません。スピンオフを推進すると、「自分の能力が生かせる会社」として優秀な人材が集まってくる可能性があり、そういう循環ができれば双方にとって長期的なメリットとなります。
─日本では開業率が上昇していない中、スピンオフによる起業は増えていますか。
加藤 データがないので何とも言えませんが、新しいことにゼロから挑戦するよりも、関連分野での経験や知識を持った状態であれば挑戦しやすいことは確かです。実際、スピンオフによる起業の成功率は高いことを示す研究があります。さらに本年度の時限措置として、スピンオフ時の税制優遇が決まったので、今後増えていくのではないでしょうか。
起業を理解する機運がスタートアップを後押し
─地方発のスタートアップ企業が成長するためのヒントを教えてください。
加藤 スタートアップというと、GAFAのようなグローバル企業やユニコーン企業をイメージしがちですが、それらは大成功した極端な例です。1人で始めて、徐々に規模を拡大していけば良い。各地域でできることから始めて1人でも起業家を増やしていくことで、その地域の人々の起業に対する意識も徐々に変わってくるでしょう。
創業時点で、いかに市場、技術などの幅広い知識を持っているかが創業後の成功確率に大きく影響します。また、人材、資金調達、インフラ、コミュニティなどの「地域のエコシステム」も必要です。起業家の観点からは、例えば資金調達するにも投資家と直接会う機会をつくれる方が有利ですし、相談したいときにメンターとなる存在の人が近くにいると心強い。そういう場所に拠点を置くことがポイントでしょう。
─支援体制という意味で商工会議所が果たせる役割は?
加藤 企業の成長には情報アクセスがいいことも不可欠です。商工会議所にはさまざまな情報が集まり、メンターの役割を演じることもでき、また人と人、企業と企業をつなぐなど、地域のエコシステムにおいて重要な役割を果たすことが期待されます。
─最後に、地方のスタートアップ企業が成功するためのアドバイスをお願いします。
加藤 スタートアップ企業を地域全体で支援することが重要でしょう。日本と海外の顕著な差は、日本には起業に対して理解を示す人が非常に少ないことです。自分は起業しなくても、起業する人を理解し支援する機運が高まってほしい。他の地域の真似もユニコーン企業を生み出そうと考える必要もない。地域によって強みや弱みは異なる。各地域の課題の「診断」から始めて、短期ではなく長期的に辛抱強く環境整備を行うことが求められます。
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