斬新な発想を持ち、新分野へ挑み、グローバルに活躍するスタートアップ企業に大きな期待が集まっている。特集では、スタートアップの最前線に迫るとともに、スタートアップを生み育むエコシステムの創出に向けた取り組みを追った。
ビジネスを学ぶことで起業が身近に起業家の道を選ぶ人たちを支援する
J!NSの赤いロゴでおなじみのアイウエアブランド「JINS」は、2001年に"メガネ一式5000円"という、当時としては画期的な低価格の眼鏡販売店一店舗から始まった。それから21年後の22年8月末時点では、FC店・海外店も含め706店舗にまで成長している。創業者で代表取締役CEOを務める田中仁さんは、会社の経営を軌道に乗せる一方、10年前から起業家の育成やスタートアップ企業の支援などにも尽力している。
ベンチャーという名のとおり起業はリスクのある冒険
田中仁さん自身も地元の群馬県前橋市の信用金庫に勤めた後に転職し、1988年に独立して起業している。生活雑貨を企画制作する有限会社ジェイアイエヌ(現・株式会社ジンズホールディングス)で、2001年には福岡市にJINSの1号店を出店してアイウエア事業に進出し、紆余曲折(うよきょくせつ)を経ながらも成長を続けて今に至っている。
「起業にしても事業転換にしても、成功するか分からないところに飛び込むわけですから、覚悟が必要でした。ベンチャーというくらいですから、起業はリスクのある冒険なんです。土地勘のない福岡市で1号店を始めることに不安はありましたが、今後の全国展開を考えると、遠隔地で始めた方がマネジメントの勉強になると、ポジティブに捉えていました」と、田中さんは当時を振り返る。
田中さんは会社経営をする一方で、起業を目指す人たちを支援するために、前橋市で13年から「群馬イノベーションアワード」を、14年から「群馬イノベーションスクール」を始めた。
「群馬イノベーションアワード」は起業家や起業家精神を持った人材を表彰する制度で、自身が創設した「一般財団法人田中仁財団」と、地元の新聞社および協賛企業が共同で毎年開催。「群馬を起業の聖地に!」を旗印に、群馬から次代の起業家を発掘し、イノベーションの機運を高める目的で行っている。「群馬イノベーションスクール」は、起業家を育成する受講料無料のビジネススクールで、一流大学の教授による講義と著名企業の経営者との対話などを通じてビジネス理論を学び、経営者としての覚悟を高めていくプログラムになっている。
海外の起業家の社会貢献に衝撃を受け一念発起
田中さんが起業家支援を始めたきっかけは、11年にモナコで開催された、その年の世界一の起業家を選ぶ国際大会に参加したことによるものだった。約50カ国の起業家が集まる大会で、審査項目の一つに起業家個人の社会貢献があった。
「海外の起業家たちは、当時の私には想像できないほどの金額やエネルギーを社会貢献に使っていた。日本で先輩経営者からは、起業家の社会貢献は企業を大きくして雇用を増やし、利益を出して税金を納めることだと言われましたが、個人のお金については誰も触れない。けれども、欧米の起業家は違う。自分はこのまま会社や自分のためだけにエネルギーを使っていていいのだろうかと思いました」
当時50歳になる目前だった田中さんは、学生時代は優等生ではなかった自分が起業家として結果を出せたのだから、みんなのロールモデルになれるのではないかと考えた。そこで、群馬県で起業家を育成、表彰する制度を始めることにした。起業家の道を選ぶ人を地元に増やしたいと考えたのだ。
田中さんは起業で成功した仲間とチームを結成し、地元の新聞社にも協力を依頼。13年12月に第1回を開催した群馬イノベーションアワードは、ビジネスプラン部門、スタートアップ部門(創業から5年未満)、イノベーション部門(同5年以上)に分かれ、さらにビジネスプラン部門は高校生の部、大学生・専門学校生の部、一般の部に分かれ、優れたビジネスプランを表彰している。
「第1回は協賛企業も少なく、応募者も高校生部門は3組しかいませんでしたが、今では500組以上の応募があります。協賛企業も増え、当初はほとんど私個人の持ち出しでしたが、今ではみんなで支えるイベントになりました」
アワードとスクールの開始後 群馬県の開業率が全国上位に
翌14年4月からは群馬イノベーションスクールも開始した。募集人数は30人ほどで、起業を目指す人だけでなく、経営者や事業承継者、会社の経営幹部として活躍したい人も対象となっている。
「ビジネスについて学ぶことで起業が身近なものになり、自分も起業したいという気持ちと潜在能力を引き出したいと考えています。それまで群馬県には、そういうビジネススクールがありませんでした。このアワードとスクールを開始する以前、群馬県の開業率は全国で最下位に近かったのですが、今では上位に入っています。特に開業率のアップ率では全国2位になったこともあります」
さらに、群馬だけでなく全国の学生を対象にしたイノベーションアワードの開催も計画しており、今年12月に第1回が開催される。これにより前橋市を、起業を志す学生たちの"甲子園"にすることを目指しており、その前橋市は、起業するのにもふさわしい場所だと田中さんは言う。
「特にBtoCで全国展開を目指す業種に最適です。前橋市のような地方都市は全国にあり、前橋市で成功するビジネスモデルは、ほかの場所でも通用しやすいからです。実際、家電やアパレルの量販店、ドラッグストアの全国チェーンは地方発の企業がほとんどです」
明治時代の事業家は事業を発展させるだけでなく、地域や社会にも大きく貢献してきた。起業家への支援も含め、そういう地域・社会貢献を事業者たちが面白いと思えるような活動にしていきたいと、田中さんは考えている。
「仕方なくではなく、自分たちがいかに面白いと思えることをやるかが重要だと考えています。そのために今、前橋市を拠点にいろいろと火を付けているところです」
会社データ
社名 : 株式会社ジンズホールディングス
所在地 : 群馬県前橋市川原町2-26-4(群馬本社)
電話 : 03-6890-4800(東京本社)
HP : https://jinsholdings.com/jp/ja/
代表者 : 田中仁 代表取締役CEO
従業員 : 3599人(2022年8月末現在)
【前橋商工会議所】
※月刊石垣2023年5月号に掲載された記事です。
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