コロナ禍で大きな打撃を受けた観光業だが、出入国が緩和されたことを機にインバウンドの復活が期待される。日本政府観光局によると、6月の訪日外客数は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年同月比72%となり、着実に持ち直してきている。ビヨンドコロナに向けて、地方誘客や消費拡大とともにインバウンドをV字回復させることが、地域経済の活性化には欠かせない。インバウンド需要を取り込むヒントを各地の取り組みから探る。
「モダンラグジュアリー層」という新しい外国人旅行客層をターゲットに
富山県西部観光社は、富山県西部の6市(高岡市、氷見(ひみ)市、射水(いみず)市、小矢部(おやべ)市、砺波(となみ)市、南砺(なんと)市)と約80の企業・団体により設立された観光地域づくり法人(DMO)である。観光を軸にさまざまな事業を行うことで、地域経済の活性化と富山らしさを生かした暮らしの実現を目指している。インバウンドに関しては「モダンラグジュアリー層」という新しい富裕層をターゲットにした展開を進めている。同社のプロデューサーを務める林口砂里さんに話を聞いた。
寺社やものづくりが観光の重要な要素に
「全国各地の観光地域づくりを担う団体は、行政が主導でやっているところが多いのですが、私たちの組織がユニークなのは、それを完全に民間主導で行っている点です。とはいえ、もちろんDMOは民間だけでは活動できないので、富山県西部の六つの市の行政と一緒に取り組んでいます」と、林口砂里さんは説明する。
富山県西部観光社はマーケティングのために検索サイト・Yahoo!のビッグデータを活用し、この地域がどう認知されているか、訪れた人がどのような動きをしているのかを分析したり、旅行者からアンケートを取ったりして、この地にふさわしいターゲット層を決め、さまざまな施策を実際に行っている。観光面では、多彩なツアーや体験プログラムをつくり、観光客を呼び込んでいる。
「富山県西部はメジャーな観光スポットがなく、五箇山の合掌造り集落が岐阜県の白川郷とともに世界遺産になっていますが、白川郷に比べて認知度は10分の1ほど。一方、加賀藩の時代から銅器や漆器など伝統産業が盛んで、それが現在のさまざまな製造業に発展しています。また、浄土真宗の信仰も盛んで、それが仏具などのものづくりなどにつながっており、信仰とものづくりが観光の重要な二つの要素になっています」
実際にYahoo!のデータ分析でも、富山県西部の観光で最も検索されていたのは、伝統産業の高岡銅器のメーカーだった。そこで、観光誘致のターゲットを広く設定せず、絞り込んでいくことにした。その第一ターゲットは、同社が「クリエイティブクラスター」と呼んでいる、実際にものづくりをしている人と、そういったことに興味がある人。第二ターゲットは、こういった伝統産業に興味を持つ人が多い、ミドル層からシニア層としている。
観光資源ではなかったものをブラッシュアップして提供
そして、第三のターゲットとしているのがインバウンドである。しかも、単に外国人観光客という大きな枠ではなく、さらに絞った層をターゲットにしている。
「これは国内の旅行客も含めてですが、"モダンラグジュアリー層"という新しい富裕層をターゲットにしています。これまでの富裕層とは異なり、この層は日本の伝統文化や伝統産業に興味があるとか、サステナブルやSDGsにこだわるとか、マインドフルネスやネイチャーアクティビティーが好きだとか、特定の分野に興味がある方々です。私たちが持っている要素はそういった方々に強くアピールできると考えているので、その人たちに向けてさまざまな事業を展開しています」
その事業の一つが観光ツアーで、一般的な観光名所を訪れるのではなく、伝統産業の工房やサステナブルな方法による定置網漁の見学、有名な寺での座禅や写経、茶道の体験といった、これまでは観光資源と思われていなかったものをブラッシュアップして提供している。もう一つが不動産の活用で、新しい建物や施設をつくるのではなく、残っている古い建物をリフォームして利活用するというものである。
「富山県の西側は戦災に遭っていないため、古い建物が数多く残っています。その一方で、それがどんどん空き家になっているという課題があります。そこで、そのような古い建物を利活用して飲食店や宿にして、観光に来られた方を受け入れられる場所をつくることも事業の一つにしています。その一軒目として昨年10月、砺波市の田んぼが広がる農村にアートホテル『楽土庵』をオープンしました。コロナ禍の影響で開業が1年近く遅れましたが、コロナ禍が落ち着いたころだったので、逆にちょうどいいタイミングでした」
この地域一帯の精神風土を伝え、未来につないでいく
富山県西部の内陸には、広大な砺波平野に広がる水田に農家の家々が点在する「散居村(さんきょそん)」がある。散居村はほかの地方にも存在するが、砺波平野の散居村は約220k㎡(大阪市とほぼ同じ)と、日本最大の面積を誇っている。水はけの良い扇状地において、水管理がしやすいように水田の近くに家を建て、孤立した家を風雪から守るための屋敷林が周りに植えられている。その屋敷林は南西から吹く冬の季節風を防ぐために家の南西側にあるため、家の玄関が東を向くことから、そういった家屋は「アズマダチ」と呼ばれている。それらが砺波平野の散居村に独特の景観を生み出しており、そこにある古民家の一つが『楽土庵』となっている。
「私たちの団体のミッションは、富山の『土徳(どとく)』をお伝えすることです。土徳とは、土地と人と自然が共生することで生まれるこの地域一帯の精神風土を表した造語です。この土徳を伝え、未来につないでいくことが私たちの責任であり、そのためにこの場所でこの宿を営むことに意味があるのです。この景観の中、人々が暮らしてきた古民家の空間での宿泊や、この土地で取れた農作物を使った料理を食べることで、それを感じ取っていただけたらと考えています」
楽土庵は、築120年のアズマダチを再生し、客室は3室のみで、周りの風景と調和するよう、紙、絹、土といった自然の素材を主に使ったインテリアとなっている。隣接するイタリア料理レストランは地元の素材を主に使った料理を提供しており、この地域の豊かな食も堪能できる。そして、さまざまな体験プログラムも用意しており、中でも散居村を案内する「散居村ウォーク」は、宿泊客なら無料で参加することができる。
観光PRが功を奏し海外メディアが取材に
こういった地域密着型の取り組みでは、地域との連携が欠かせなく、富山県西部観光社では努力を続けている。
「お寺やものづくりの工房については、見学に伺うことは住職や職人たちの時間を奪うことになるので、必ず事前に都合を聞きますし、PRや商品の販売につながるよう意識しています。楽土庵がある散居村についても、田んぼの真ん中にホテルができたら、どんな人が来るのかと地域の皆さんが心配するのも当然なので、住民説明会を開き、この地域を守るために、そして未来に継いでいくためにこの事業を実施することを説明しました」
コロナ禍も収まりつつあり、観光ツアーも楽土庵も、日本人だけでなく外国人観光客の受け入れ数が増えつつある。今後、インバウンドに向けた取り組みはどのようにしていくのか。
「観光ツアーの方は、通訳案内士の育成にも取り組んでいて、東京から専門家を招いて研修会を行っています。また、昨年秋に富山県と一緒にロンドンで観光プロモーションを行いました。ロンドンは観光地として世界中から人が集まるので、そこでPRすれば効率がいいですから」
その努力が実って、米国、英国、フランスのメディアが富山に取材に来て、特集を組んでくれた。これを読んだ人が、実際に富山を訪れ、楽土庵に宿泊するケースが生まれているという。
「観光客の数のみ追い求めているわけではありません。この土地の価値を分かってくださる方に来ていただければ。それが地域にとってプラスになり、地域再生につながっていけばいいと考えています」
このように、富山県西部観光社の観光客およびインバウンド誘致の取り組みは、伝統や文化、生活といった地域全体の活性化にもつながるよう進んでいる。
会社データ
社名 : 一般社団法人富山県西部観光社
所在地 : 富山県高岡市内島3550
電話 : 0766-95-5170
代表者 : 稲垣晴彦 代表理事
職員 : 4人
※月刊石垣2023年8月号に掲載された記事です。
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