コロナ禍で大きな打撃を受けた観光業だが、出入国が緩和されたことを機にインバウンドの復活が期待される。日本政府観光局によると、6月の訪日外客数は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年同月比72%となり、着実に持ち直してきている。ビヨンドコロナに向けて、地方誘客や消費拡大とともにインバウンドをV字回復させることが、地域経済の活性化には欠かせない。インバウンド需要を取り込むヒントを各地の取り組みから探る。
上質なクルーズ船での旅を提供し外国人ハイエンド層に瀬戸内海の魅力を伝える
せとうちクルーズは「せとうちの海に浮かぶ、ちいさな宿」をコンセプトに、瀬戸内海を数日かけて周遊するクルーズ船『guntu(ガンツウ)』を運航している。料金は2泊3日で55万~70万円(1室2人利用の1人料金)と高額ながら、国内外のハイエンド層に人気を博している。コロナ禍の影響を大きく受けたものの、今ではインバウンドの数も回復し始めている。
瀬戸内の魅力を多くの人に知ってもらいたい
せとうちクルーズは、造船業を中核とするツネイシホールディングス(本社・広島県福山市)のグループ会社で、2017年10月にガンツウを就航した。船内の客室は19室のみで、すべての部屋には海に面したテラスがあり、瀬戸内海のオーシャンビューが常に楽しめる。食事は「お好きなものを、お好きなだけ」を基本とし、和食と洋食を用意。鮨(すし)カウンターやカフェ&バーもあり、それ以外に甘味や晩酌も楽しめる。
2泊3日または3泊4日の航海では、季節や出発日に合わせた航路が用意されており、瀬戸内海に浮かぶ島々の間をゆっくりと進んでいく。時には船に搭載した小型船で島や港に上陸し、島の生活や伝統文化に触れられる体験もある。またクルーズ船というと通常、夜は港に接岸するが、ガンツウは島影に停泊している。
このガンツウのコンセプトについて、同社の広報部長、武井良太さんに話を聞いた。
「ガンツウは、瀬戸内の魅力を国内や世界のより多くの方々に知ってもらうために、刻一刻と表情を変える山並みや海の美しさを見ていただきたい。それには船の上から見るのが一番だ、というところから企画がスタートしました。ガンツウのコンセプトは「せとうち、漂泊。」。穏やかな風土に合う客室や縁側などの空間に身を置き、目の前に広がる瀬戸内を漂泊いただきながら、上質な時間を過ごす旅をご提供するというものです。そのために船の内装やサービスにも徹底的にこだわり、時には船から降り立ち、島々を訪れる船外体験もご用意しています」
開業当初は積極的な広告展開よりもグループ会社からの紹介や高価格帯のツアーを扱う旅行会社などを通じて乗船客を集め、口コミで認知度が上がることを狙っていたが、最初の1年は試行錯誤が続いた。
海外メディアで紹介され乗船客の3割が外国人に
インバウンド受け入れで大きなきっかけとなったのが、2019年1月に米国の新聞『ニューヨーク・タイムズ』紙が発表した「2019年に行くべきデスティネーション」で瀬戸内海の島々が選ばれ、ガンツウも紹介されたことだった。
「それからさまざまな海外メディアで紹介され、海外からのお客さまが増えていきました。皆さん、瀬戸内の風景を楽しんだだけでなく、海の上を滑るようにゆっくり移動する船から、こんなにスローな時間を木に包まれた空間で味わえるとは思わなかったと、喜んでいらっしゃいました」
19年は平均すると乗船客の3割ほどが外国人旅行客で、海外からの問い合わせも増えてきていた。増え続ける海外からのお客さまに対応するため、言語対応などサービスの強化、改善を進めていた矢先、コロナ禍で海外からのお客さまがゼロとなってしまった。
「翌年2月に、大型クルーズ船のダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が発生したことから、観光業界はもとよりクルーズ船業界が大打撃を受けました。そして、2月28日を最後に全面的に運休せざるを得なくなりました」
その年の4月に緊急事態宣言が発出され運航再開のめどが立たなくなると、すぐに手を打った。当時策定が進められていた、クルーズ船におけるウイルスなど感染症対策の安全管理などを定める「バイオセーフティマネジメントシステム」で自社の感染症対策マニュアルの認証を得るため準備を整え、認証を第一号で取得。4カ月間の運休期間を経て、7月にはガンツウの運航を再開した。
瀬戸内全体の活性化のため地域の横の連携を強化する
「お客さまには乗船10日前のPCR検査、当日の抗原検査と検温、渡航歴や感染者との接触の有無を特記した問診票記載にご協力の上、乗船していただきました。乗船前検査などではご面倒をお掛けいたしましたが、逆にお客さまからは、そこまで厳しいんだからかえって安心というお声をいただきました」
そして、昨年3月に条件付きで外国人旅行客の入国が始まり、10月に水際対策が緩和されると、外国人旅行客の数が再び増えていった。最近では平均すると乗船客の2割が外国人となっている。
「私たちのような価格帯の旅行商品では、お客さまが旅行の検討を始めるのが約1年前となりますので、より早い準備が必要です。これからさらに増えていくインバウンドマーケット向けに、来年以降は積極的に海外メディアなどへ出稿していく予定です」
同社は今年1月、ツネイシホールディングスのグループ会社でライフ&リゾート事業を行う2社を吸収合併し、ガンツウの運営だけでなく近隣のホテルや複合施設の運営も始めた。これからはガンツウを入り口にして、そのほかの施設との連携やプロモーションも行っていく。
「そして、ガンツウを通じて瀬戸内の良さをもっと伝えていきたい。ガンツウに乗るだけでなく、船を降りたら瀬戸内の地域を回っていただくことで瀬戸内全体の活性化のお役に立てたらうれしいです。インバウンドの受け入れは企業1社とか一つのまちだけで行うのは限度があるので、今後はこの地域の横の連携を強化する必要があると思っています」
同社はガンツウの船旅で瀬戸内海の魅力を伝えていくことで、国内だけでなく海外からも多くの観光客がこの地を訪れるようになることを目指している。
会社データ
社名 : 株式会社せとうちクルーズ
所在地 : 広島県尾道市浦崎町1364-6
電話 : 0848-70-0391
HP : https://guntu.jp/
代表者 : 梅田幸治 代表取締役社長
従業員 : 341人(2023年6月現在)
【尾道商工会議所】
※月刊石垣2023年8月号に掲載された記事です。
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