化石エネルギーからの転換を図り、持続的な環境維持のために脱炭素社会を目指すGX(グリーントランスフォーメーション)が世界的に加速している。特に日本は、世界に先駆けて水素エネルギーの研究・活用が進んでおり、民間企業の取り組みも注目されている。
水素を地産地消し安心して人が住み続けられるまちへ
福島県いわき市で、自動車関連エネルギー事業とセメント事業を主軸に展開してきた根本通商。同社は2019年3月、日本水素ステーションネットワーク合同会社のスキームを活用した、全国初となる定置式水素ステーションを開所した。次世代エネルギーを製造し地域での活用を実現しようと、地方の中小企業が挑戦している。
市や商工会議所と連携して水素の利活用を検討
水素社会の実現に向けて、根本通商が水素ステーション(水素ST)開設に乗り出したのは2016年ごろのことだ。きっかけとなったのは、東日本大震災と福島第一原発事故だという。原発から30㎞圏外(一部を除く)に位置する同市だが、被災直後から人や企業が流出し、福島全体についてしまったマイナスイメージも加わって人口減少が加速している。風評被害を払拭し、子どもたちが安心して住み続けられる地域にしていくために、新しい産業の創出は県や市の大きな課題といえる。また、同市内でガソリンスタンドを幅広く展開する同社にとっても、燃料油の需要減少という環境変化により、次世代エネルギーへの対応を検討する時期に来ていた。こうして着目したのが、水素だった。
「原発の爆発を引き起こしたのは水素です。周囲からは、『事故の被害にあった地域の会社が何で水素をやるの?』と言われましたが、むしろ水素を活用して新たにエネルギー社会をつくるのは、インパクトがあっていいのではと思ったのです」と同社社長の根本克頼さんは理由を説明する。
同社はこうした経緯で、同市やいわき商工会議所とともに情報交換を目的とした勉強会をスタートさせた。その翌年、次世代エネルギーの利活用を検討するための研究会を発足し、全国の水素STの運営状況、法規制、いわき市の公共交通と水素バスの利活用などについて活発に意見交換を行う。18年には、水素STを同市内に設置することに関係各機関が合意した。
「ちょうどそのころ浪江町で、メガソーラー電力を使って水素をつくる技術開発を目的とした、世界最大規模のプラントの建設が始まりました。ただ、つくられた水素は利用場面がない限り大気中に放出されてしまいます。もったいないので、その水素を活用しようということになりました」
地元企業がFCVを導入して水素STをバックアップ
同社は19年3月、ガソリンと併設した「いわき鹿島水素ステーション」を開設した。当時、全国には大都市圏を中心に100カ所ほど設置されていたが、ほとんどが水素ST単体での運営だ。しかし、水素はコストがかかるため、よほど利用者を獲得しない限り利益が出にくく、現に水素ST単体で営業しているところはより採算が厳しいという。
そこで初期設備の費用負担を軽減し、地方の中小企業も参入しやすくする目的も併せ持って設立されたのが日本水素ステーションネットワーク合同会社(JHyM・ジェイハイム)だ。同社はそのスキームを活用した日本初の定置式水素STとなった。同社の場合、事業の一環で太陽光発電施設を持っていることや、今後風力発電にも取り組む予定があること、ガソリンや電気と併設することで、水素で利益が出なくても、そのほかで補填(ほてん)できるのではないか、という強みから設置にこぎ着けた。
「開設に当たり資源エネルギー庁に相談しに行った際、『地方でステーションをやるなら、スタート時の利用客が10台分はないと将来も採算が合わない』と指摘されました。しかし、いわき市は石炭などのエネルギー産業を中心に発展してきたまちですし、浪江町でつくられる水素を消費するのはここしかないという自負があります。そんな思いもあってか、地元の企業が協力して、22台の燃料電池車(FCV)を導入してくれました」
大きなバックアップを得て船出した直後、水素利活用促進を目的に「いわきFCVユーザー会」が発足する。21年の段階で約50社が会員に名を連ねているが、中には扱っている苛性(かせい)ソーダの副産物として水素を産生するという化学メーカーも参加しており、皆、次世代エネルギー活用の先進都市を目指して取り組んでいる。
自分たちでエネルギーをつくり地域での活用を目指す
大きな期待を集めながら水素STが広がっていかないのは、コストが高くて事業性が低いことに集約される。しかし、「利益は上がっていないが、メリットもある」と根本さんは言う。例えば、水素STに関連したイベントを行うたびにメディアに取り上げられて宣伝効果が上がっていること、それがセメント事業にもプラスに働いていること、採用においてもいい人材が集まるようになり、社員たちも楽しそうに働いていることなどを挙げる。
「コストの理由で輸入に頼っていては、エネルギー安全保障も脱炭素も実現できません。水電解装置メーカーはコストダウンに努めています。まだ利益が出る段階まで達していませんが、水素の価格を下げるには、やはり自分たちでつくっていくことが必要です。幸い、福島には水素製造拠点が3カ所、定置式水素STが4カ所あり、県や市も取り組みに前向きです。地元企業と連携しながら、地方の中小企業でもSDGsに貢献できることを証明し、エネルギーの地産地消を目指したい」と根本さんは力強く語った。
会社データ
社名 : 根本通商株式会社(ねもとつうしょう)
所在地 : 福島県いわき市勿来町関田堀切77
電話 : 0246-65-2123
HP : http://nemoto-group.co.jp/
代表者 : 根本克頼 代表取締役社長
従業員 : 70人
【いわき商工会議所】
※月刊石垣2023年8月号に掲載された記事です。
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