「アルムナイ」(Alumni)とは、英語で卒業生や同窓生という意味。それが転じて企業では中途退職者を指すようになり、企業と退職者同士が結び付く「アルムナイ・ネットワーク」を構築する例が徐々に増えている。このネットワークの活用で中小企業は強くなれるのか―。企業における人材採用の研究などを行っている神戸大学大学院教授の服部泰宏さんに話を伺った。
服部 泰宏(はっとり・やすひろ)
神戸大学大学院 経営学研究科 教授
すでにアルムナイ・ネットワークを構築している大手企業では、このネットワークを新ビジネスの開発や新たな企業間協力に活用。さらに、外部で新たな経験を積んだ元社員に仕事を委託したり、再雇用したりといったことも積極的に行われている。実はこのアルムナイ・ネットワークは、大手企業だけでなく、社員の流動性が高く、社員と企業が顔の見えるつながりを持っている中小企業にこそ向いていると、服部さんは言う。
退職者を再雇用する土壌が会社側にできてきた
─企業にとって、アルムナイとはどういう存在なのでしょうか。
服部泰宏さん(以下、服部) 企業にとってのアルムナイとは、その会社にかつていた卒業生たちということです。定年退職まで働き続けた人もある意味ではアルムナイですが、今取り上げられているのは、もっと短期のスパンで会社を辞めた人たちです。しかも、こんな会社は嫌だと辞めたような人ではなく、辞めてからも会社と良い関係を保ち、その会社に対して感情的に関わりを持ち続けている人たちのことを、アルムナイと呼ぶようになっています。
こういった人たちは、退職して別の仕事をしたり他社に入ったりすることで、新たな経験や技術を得るだけでなく、以前の会社にいたときとは違った情報、発想、問題意識を持つことになります。そういった人たちとのつながりを持ち続けることが、アルムナイ・ネットワークとなっています。
─なぜ企業はアルムナイ・ネットワークに注目するようになったのですか。
服部 企業とアルムナイとの間でコミュニティをつくり、それを会社の業務に生かしていくということもありますが、それよりも「人材プール」(将来的な採用候補となる人材情報のデータベース)を強化する発想からきています。これまでは、ある分野で人材が必要となった場合には、社内で探すか人材市場で探すのが普通でした。そこに退職した人たちも加えることで、人材プールを拡大しようとしているのです。以前会社にいた人たちは気心が知れているし、能力も分かっている。そして、会社にいた頃とは違う経験やスキルを持っていると考えているからです。
一度会社を辞めた人というのは、以前では会社に不満があったからであったり、給料が高いところに行ったりというネガティブな捉え方をされがちでした。しかし最近では、新しいことに挑戦する、自分のやりたい方向に進むといったポジティブな辞め方をする人が増えてきて、会社側もアルムナイを再び受け入れようとする土壌が少しずつできてきたことが、その背景にあると思っています。
数年で人材を育成する企業が求職者たちに支持されている
─このような流れが起こっているのは、企業と働く人たちの考え方が変化しているからでしょうか。
服部 企業と個人の関係性が大きく変わってきているのだと思います。以前であれば、新卒で入社したら基本的には定年まで働き続けるという、30〜40年のスパンで企業と個人の関係性が考えられていました。そのため人材育成も、いろいろな部署を経験させて10年で一人前にしていくといったように、時間をかけて行っていました。しかし今の求職者は、数年のスパンで就職先のことを考えています。例えば新卒の人などは、この会社に入社したら5年後にはどんな能力が身に付くのか、もっと高いレベルの会社に転職できるスキルが得られるのかといった考え方をしているのです。
─こういった変化は、どういったところに現れていますか。
服部 例えば今の就職人気企業ランキングでは、コンサルティングや人材・IT関連の企業が上位に入っています。こういった企業は、数年働いて一人前になったら転職する人が多い。企業側から社員に転職してくださいとは言わないにしても、数年のスパンで人材雇用を考え、入社した社員が数年でとりあえず何かできるよう人材育成をしていく企業が、求職者たちに支持されているのです。
─そうなると、中途退職する人が多くなるのも普通のことになってくるわけですね。
服部 はい。そして、出会いだけでなく別れも永遠のものにしないためにあるのがアルムナイ・ネットワークです。入社した人が数年したら辞めてしまうかもしれないけれど、それで永遠に会社と縁が切れるわけではなく、アルムナイ・ネットワークがあれば、また会社に戻ってきたり、業務協力したりすることもあるのです。そういった傾向が、アルムナイ・ネットワークが注目されるようになった背景にあると思われます。 アルムナイ・ネットワークは
労働市場でアピールにもなる
─大企業の中には、自社にアルムナイ・ネットワークがあることをアピールしたり、専用のホームページをつくったりしているところもありますね。
服部 これは労働市場の求職者に向けた、当社は退職した人に対してポジティブな見方をしていますよ、というメッセージにもなっています。簡単に辞めてもらっていいわけではないけれども、辞めてしまう場合は気持ちよく送り出して、その後も良い関係性をキープしています、というメッセージは、求職者にポジティブに響きます。
そのためにも重要となるのが辞めていく社員への対応で、例えば送別会を催して送り出してあげるようなことをするなど、丁寧な対応をしておくと、のちのち会社に対して何らかの形で貢献してくれるという統計が海外にはあります。これをエグジット・マネジメントといいます。
以前は、会社の離職率が高いのはネガティブなことでした。しかし今では、気持ちよく退職した人たちが別の会社で活躍したり、業務委託や副業で元の会社に協力したりといったアフターストーリーがあると、そこで働く社員も、自社のことをポジティブに考えるようになります。そういう意味で、今働いている社員に対しても、アルムナイ・ネットワークはいい効果があると思います。
─アルムナイ・ネットワークを築くことは、具体的にはどのようなメリットが企業にありますか。
服部 大きく分けて三つあります。一つは最初に申し上げた人材プール拡大という面。さらに、その人が自社に合うかどうかはすでに確認できているので、これが非常に大きな利点です。もう一つは、再雇用ではないものの、業務委託や副業などで業務をヘルプしてもらうことで、独立した人と新たなビジネスをするというのもあります。
三つ目が、辞めた人が会社に間接的な支援をしてくれることです。例えば、気持ちよく会社を辞めた人は、以前の会社のことを周囲にポジティブに伝えて評判を高めてくれます。これは意外と大きなメリットです。また、アルムナイとの会合などで、今いる社員の相談役になってアドバイスをしてくれるということもあります。このようにアルムナイの人たちは、会社を辞めた後も貢献してくれることが多いのです。
退職者たちとの飲み会から始めると取り組みやすい
─アルムナイ・ネットワークを持っているのは大企業が中心ですが、中小企業はどうでしょうか。
服部 中小企業こそ、会社と社員同士が顔の見えるつながりをしているので向いていると思います。実は大企業でも、アルムナイ・ネットワークを始めたきっかけは会社主導ではなく、会社の有志が退職したかつての仲間たちを集めて、まずは飲み会から始めたケースが多いのです。それから徐々に会社の支援が入るようになり、大掛かりなものになっていったのです。
─中小企業がアルムナイ・ネットワークを築くことには、どんなメリットがあるのでしょうか。
服部 中小だからこそ全員の顔と名前が一致しているというメリットがあり、結束感が強くなりやすい。また、退職してからも同じ地域に転職することが多いでしょうから、地理的にも集まりやすいと思います。
もう一つは、心理学的な言葉で「集合的記憶」という、集団で同じ記憶を共有している状況を指す言葉があるのですが、これは結束力を強めることにとても重要な意味を持ちます。例えば、企業内で何らかの事故や不祥事が起こって、それをみんなで協力して解決したといったことがあると、その企業の結束が一気に高まるということがあります。たとえ退職してしまっても、集合的記憶のメカニズムは強く機能するのではないかと思います。中小企業の場合、同じ時期にみんなで同じ苦労している場合も多く、同じ釜の飯を食ってきたという感覚が強い。そういう意味でもアルムナイ・ネットワークは中小企業にとって大きなメリットがあるといえます。
─では中小企業の場合、まずはどのようなことから始めたらいいですか。
服部 大企業のアルムナイ・ネットワーク同様、まずは在籍社員にまとめ役になってもらい、退職者と在籍社員を集めた気楽な飲み会を開くところから始めるのがいいと思います。それにより、「こういった集まりもいいね」となれば、アルムナイ・ネットワークをつくりやすくなります。
若い人の中には会社の飲み会を好まない人もいますが、「昔、当社で働いていた人の話を聞くのもいいよ」と言うと、意外と興味を持ってくれます。会社と良い関係を持って退職した人は、会社に関して良い意見を言ってくれるものですし、若い社員もそれを聞くことで、自分の会社のことを良い意味で見つめ直すことができると思います。
─その後、会社でアルムナイ・ネットワークを構築するために参考になるものはありますか。
服部 私もメンバーとして入っている有志団体のアルムナイ研究所のサイトには、企業によるアルムナイ・ネットワークの具体例などが載っています。大企業の話が中心ですが、中小企業に参考になるところも多いと思います。
また、意外に参考になるのが大学の同窓会ネットワークです。同窓会はビジネスとは直接関係ありませんが、卒業生の愛校心が強い大学は、何をしているのかを知ることもヒントにつながります。アルムナイ・ネットワークのやり方は一つではないので、リサーチしていく中で自社に合うものを見つけていくのがいいと思います。
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