日本人の魚離れが叫ばれる中、水産業が抱える課題を解決したいと、2018年に創業したベンナーズ。全国の産地で水揚げされた未利用魚を現地で加工、サブスク方式で個人宅に届けるサービス「フィシュル」をスタートし、加速度的に会員数を増やしている。その人気の秘密は―。
規格外で流通に乗らない“未利用魚”に着目
日本で水揚げされる魚は約3800種類。その中で私たちが日常的に食べるものはわずか数十種類にすぎない。サイズや形が不ぞろい、小さな傷が付いている、漁獲量が少ないなどの理由で規格外となり、流通に乗らない魚は、総水揚げ量の30~40%にも上る。
そんな“未利用魚”を活用して誕生したのが「フィシュル」だ。全国各地で水揚げされた天然国産の未利用魚を現地で加工し、鮮魚ボックスやミールパックの形にしてサブスクリプション方式で個人宅に届けるサービスである。 「フィシュルのミールパックには解凍する生食用と、湯せんで簡単に食べられるものの2種類があります。魚は全て天然国産品で、加工後すぐに凍結するので、鮮度とおいしさには自信があります」と同サービスを提供するベンナーズ社長の井口剛志(いのくちつよし)さんは言い切る。
同社は2018年に設立したスタートアップだ。井口さんは高校時代から起業を考え、米国の大学に進学。卒業後は地元・福岡に戻り、起業に向けて活動を始めた。 「祖父が水産加工会社、父は魚の卸売に携わり、子どもの頃から魚が身近でしたし、水産業が大変な仕事だと分かっていました。しかも今では後継者不足や経済性の問題、水産資源量の減少などさまざまな課題があり、消費者の魚離れも進んでいます。何とかならないかという思いがずっとありました」
井口さんは起業に当たり、地域の漁業者にヒアリングして回った。その結果、最も大きな課題は水産業の複雑な流通構造にあると考え、産地で水揚げされた魚を消費者に効率的に届ける仕組みを、プラットフォームで一元化することを思い立つ。そうして立ち上げた事業が魚の売り手と小売店を直接つなぐサービス「マリニティ」だ。 「全国の産地情報や水揚げ動向、買い手のニーズなどを提供することで、水産物の取引を効率化し、スムーズにしようというものです。これによって全国の水産物の産地と外食産業をマッチングしたいと考えました」
しかし、事業はスムーズにはいかなかった。水産業には長年にわたる商習慣があり、それに関わる多くのプレーヤーがいる。そこに風穴をあけたかったが、その人たちの意識を変えることは容易ではなかった。
コロナ禍で魚を直接個人宅に届けるサービスを考案
そうこうするうちコロナ禍に突入する。マッチング先の外食産業が営業自粛を余儀なくされたことを受け、新たに産地から魚を直接個人宅に届ける仕組みを考え始めた。その際に着目したのが市場に出ない未利用魚だ。 「魚は好きだけど、さばき方が分からない、下処理が面倒、においが気になるといった理由から、家で魚を料理しない人は少なくありません。そこで未利用魚を現代の食卓に合う形に加工し、誰でも簡単に魚料理が楽しめる新しいサービスをつくろうと思いました」
そこからの行動は早かった。未利用魚を届ける新事業をテーマにクラウドファンディングを行って資金を調達する。井口さんが魚を仕入れ、同郷で居酒屋を経営する料理人が調理加工を担当。そして、未利用魚を、鮮魚ボックスと下味を付けたミールパックという形で商品化する。21年3月にフィシュルのサービスをスタートさせた。多くの人に知ってもらおうと当初からPRに力を入れ、こまめにプレスリリースを出したり、メディアにも積極的に出たりして、未利用魚に関心を持ってもらえるように努めた。 「フィシュルで使用した魚種は成分表示に書いていますが、必ず取れるわけではない天然の未利用魚を迅速に加工、発送することから、商品名には魚種を表示せず『照り焼き』や『バター焼き』として販売しています。そのため当初は『これじゃ売れるわけがない』と言われましたが、サブスクにしたことが功を奏しました」
ユーザーにとっては毎月何が届くか分からないワクワク感があり、天然国産の旬の魚が味わえる。産地としては本来廃棄していた未利用魚を買ってもらえるので、需要予測が立てやすくなり、双方にメリットがある。しかも未利用魚を活用すること自体、SDGsにもつながる。
冊子やSNSを活用して魚の魅力を広く発信
こうしてサービス開始から順調にユーザーを増やし、現在までの累計会員数は2万5000人を超え、リピート率は9割にも達する。多様な未利用魚を活用するため、常に新しいレシピの開発を行っており、バリエーション豊富なのも人気の秘密だ。商品には、毎回手書きの「ありがとうレター」を同梱し、インスタグラムでアレンジレシピや未利用魚クイズを公開するなど、会員への発信も欠かさない。それに応えるように、会員が調理画像をSNSに投稿。それが図らずも、フィシュルの知名度アップに貢献している。 「現在、ロゴデザインやパッケージ、WEBデザインなどをリニューアルし、商品ラインアップに磨きをかけているところです。このサービスをきっかけにして、多くの人に魚のおいしさを再確認してもらって、もっとたくさん食べてほしい。また、今後はミールパックを外食産業向けにも広く展開していきたい」と、井口さんは日本の水産業の未来を見据えながら力強く語った。
会社データ
社 名 : 株式会社ベンナーズ
所在地 : 福岡県福岡市東区香椎浜ふ頭2-3-1
電 話 : 092-692-2033
代表者 : 井口剛志 代表取締役
設 立 : 2018年
従業員 : 47人
【福岡商工会議所】
※月刊石垣2023年12月号に掲載された記事です。
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