手持ち花火や吹き出し花火といった“おもちゃ花火”の製造で国内トップシェアを誇る井上玩具煙火(いのうえがんぐえんか)。同社が2020年に発売した初の自社ブランド花火が、当初の予想をはるかに超える好調な売れ行きを見せている。海外製花火の台頭や国内市場の縮小など、業界を取り巻く環境が厳しくなる中、ヒットを飛ばした秘密はどこにあったのか。
「和火」と「紗火」を組み合わせた高級な玩具花火
日本の花火の歴史には諸説あるが、原料となる黒色火薬は戦国時代に南蛮人から火縄銃とともに伝わった。当時は合戦合図の「のろし」に使われたが、花火に用いられるようになったのは江戸時代から。中国の商人が持ち込んだ花火を徳川家康が鑑賞したのがきっかけで、駿河国(現在の静岡県中部)周辺地域で花火の製作が始まり、庶民の遊びとして広がった。
その地から誕生したのが、高級手持ち花火「義助(よしすけ)」だ。日本の伝統花火である「和火(わび)」と、海外で人気のある色鮮やかな火花が特徴の「紗火(さび)」を組み合わせた5本で構成されている。先端に球体が付いた紗火の手持ち花火「神威(かむい) 金/銀」は、鉄の粒子による火花が放射状に広がり、金色の花が咲いているかのように輝き続ける。棒状の和火の手持ち花火「粋」「華」「極」は黒色火薬を使用し、火花が枝垂れるように吹き出しながら、配合したマグナリウム(アルミニウムとマグネシウムの合金)や鉄がパチパチ、シトシトと優雅に舞い散る。それぞれ火薬の組成や配合比率を微妙に変えており、異なる趣が味わえる。 「『義助』という名称は、刀と花火の材料が同じ鉄を用いることから、島田で活躍した刀鍛冶の名工にちなんで命名しました。島田はお茶が有名ですが、かつて東海道五十三次の宿場町として栄え、旅人を花火で楽しませたという歴史があり、お茶だけじゃないぞという気持ちも込めています」と同商品を開発した井上玩具煙火代表取締役の息子で四代目の企画開発室長・井上慶彦さんは説明する。
通常商品の5倍の価格でも「もらってうれしい花火」を目指す
同社は1926年に玩具卸と煙火製造の井上商店として創業した。52年に法人化して玩具煙火製造にかじを切り、その後、国内トップシェアを持つ会社へと成長した。
とはいえ、業界を取り巻く環境は、海外製品の台頭や国内市場の縮小により年々厳しさを増している。日本煙火協会によれば、2018年度の玩具煙火の国内生産額は9億5000万円、製造会社数は20社を割り込んでいる。6年前に家業に入った井上さんは、そうした状況に危機感を覚えた。 「私は花火のバラエティーパックにずっと違和感がありました。いろいろな種類が入っていてもどれも同じに見えて、花火本来の良さが伝わらないんじゃないかと」
どうすべきかと考えた末、1本でも満足できるような高級花火をつくろうと思いつく。「これまでにない手持ち花火のカタチ」をコンセプトに、手持ち花火を手頃な大きさの贈答箱に入れてプレゼントや手土産用に使える商品をイメージし、企画したのが「義助」だ。 「企画会議で提案すると、社長から『通常の5倍の価格で勝負できるのか』と指摘され、社員からも反対されました。でも、『もらってうれしい花火』を目指すという方向性を示し、概要がはっきりすると社内の理解が得られるようになりました」
火薬を取り扱ってきた強みを生かして、ほかではまねできない火花の散り方をデザインし、何度も試作を繰り返した。さらに、火薬自体の見た目や色合いは地味なので、花火に適した水性塗料や金色の塗料を表面に塗って華やかさを演出した。パッケージも当初考えた桐箱ではなく、SDGsを意識して牛乳パックを再生したオリジナルハードケースを製作。1年半の開発期間を経て、20年6月、同社初のオンライン販売を開始した。
企業の販促やノベルティ用の需要を掘り起こしたい
当時は、コロナ禍で全国の花火大会が中止に追い込まれていたこともあり、井上さんは改めて手持ち花火に価値を見いだし、「『義助』で家族と一緒に花火を楽しんでほしい」とアピールした。その思いが地元のテレビや新聞、全国ネットの情報番組などに取り上げられると注文が殺到する。当初用意していた500セットが完売し、最終的に年間で800セットを超える好調な売れ行きを見せた。
「義助」の人気を受けて、井上さんは第2弾商品として「結華(ゆっか)」を開発し、21年7月に発売した。女性をターゲットにした、見た目も火花も華やかな花火だ。 「島田市の花がバラなので、バラをイメージしたカラフルな色味と香りが特徴です。花火として楽しむだけでなく、祝い事や誕生日などに花束として贈ったり飾ったりするシーンをイメージしました」
どちらの売れ行きも好調で、今では同社の売り上げ全体の1割近くまで伸びていることを受け、今後は企業の販促やノベルティとしての需要を掘り起こしたいと井上さんは言う。すでに、あるアパレルブランドが同社の花火に自社ロゴを入れた花火を販売することが決まっており、販路の拡大と強化に乗り出している。 「昨今では花火で遊んだことがないという人もいるようです。そういう人のためにAR(拡張現実)で花火の燃え方が事前に見られるものをリリースしました。当社のHPにアクセスして、見たい花火の二次元コードを読み込むと、どんな火花を出すのか、スマホ画面などで疑似体験できる仕組みです。いろいろなアプローチを考えて、多くの人に手持ち花火の良さを訴求していきたい」と今後の抱負を語った。
会社データ
社 名 : 井上玩具煙火株式会社(いのうえがんぐえんか)
所在地 : 静岡県島田市中河町9005
電 話 : 0547-37-2460
HP :https://inoue-fireworks.com
代表者 : 井上吉勝 代表取締役
設 立 : 1952年
従業員 : 20人
【島田商工会議所】
※月刊石垣2024年7月号に掲載された記事です。
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