米国のトランプ大統領は自らをタリフマン(関税男)と称し、就任以降、やや強引ともいえる関税政策を打ち出している。2月1日、カナダとメキシコからのほぼ全ての輸入品に25%、中国に10%の追加関税を課す大統領令に署名した。9日には米国が輸入する鉄鋼・アルミニウムに25%の関税をかけると表明した。また、EUに対しても関税率の引き上げなどを実施すると見られる。さらに、相手国の関税率と同等の課税を行う相互関税も取り入れる意向のようだ。こうしたトランプ大統領の関税政策により、多くの国の産業界や政府などは対応に追われている。
ただ、カナダやメキシコとは即時の会談によって、高関税の実施が延期された。また、注目されるのは、中国に対するトランプ大統領の姿勢だ。現在、中国は対米の最大貿易黒字国である。自国の貿易赤字を削減することを狙う同氏にとって、厳しい関税率を課す相手国とすれば真っ先に中国が上がるはずなのだが、中国に対する追加関税率は10%だった。それに対して、中国の報復関税は石炭やLNGなど限られた範囲となった。両国の初動は思ったよりも慎重だ。事前の予想では、トランプ大統領と習近平主席は互いに思い切り関税率の引き上げ合戦を展開するとの予想があった。ある意味では、拍子抜けするほど穏やかな幕開けとなった。
そこでは、関税を取引(ディール)の手段として使うトランプ大統領の姿勢が明確になっている。私たちは、そうした姿勢を冷静に観察して判断する必要があるだろう。同氏は、習主席とも協議を持つ意向だったようだ。しかし、関税発効前の米中首脳会談は開かれなかった。中国側のプライドが、即時の会談を許さなかったのかもしれない。同氏は習主席との協議を急ぐ必要はないとして、予定通り10%の追加関税を実施することになった。
2期目のトランプ政権の閣僚の顔ぶれを見ると、同氏に忠誠を誓う人物が多い。その中には、中国を「最も危険な敵」と断言するルビオ国務長官のような中国強硬派から、穏健派と見られるベッセント財務長官、さらには中国に大規模な事業展開をしているイーロン・マスク氏までいる。中国との関係だけを見ても、それだけ意見のばらつきがある。ただ、最終決断は間違いなくトランプ大統領になる。同氏は“米国第一”の実現を目指し、追加関税、半導体やAI関連知的財産の輸出規制などで、中国やそれ以外の国をけん制するはずだ。問題は、そうした動きに対して、わが国経済がどれだけのマイナスの影響を受け、逆に、そこから対応方法によってプラスの影響を享受できるかを冷静に判断することだ。
特に注目されるのは、今後、世界経済のけん引役として期待されるAI関連の分野だ。1月下旬、商務長官候補(当時)のラトニック氏は、「関税に裏打ちされていない輸出規制はもぐらたたき」と言い、中国のAIチップやデータ不正入手を批判した。また、ここへ来て、中国のAIスタートアップ企業による新型モデルの発表で、AIの開発競争は一段と激化している。この分野で首位を走る米国は、覇権国の威信にかけてトップの地位を守りたいだろう。
一方、米国を追いかける中国は、何とかして米国に追いつけ追い越せとの意気込みだ。両国のつばぜり合いはこれからさらに激化することだろう。そこには、わが国企業には素材、電力インフラ、情報システム関連分野で重要なビジネスチャンスがあることも忘れてはならない。
これから、トランプ大統領の政策運営で世界経済が振り回されるリスクはあるだろう。関税率引き上げで米国の物価上昇懸念が再燃し、世界的に金利上昇圧力がかかる可能性もある。世界経済の“デカップリング(分断)”が鮮明化する展開も不安材料だ。いずれも、世界経済の下振れ要因と考えられる。ただ、同氏自身がそうした展開を望んでいないはずだ。私たちにとって最も重要なポイントは、そうしたリスクを冷静に判断する姿勢を持つことだろう。(2月11日執筆)