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あの人を訪ねたい ニコライ・バーグマン

「苦難を乗り越え、花が咲く。今は我慢のときです」

フラワーショップを国内外で14店舗経営するなど、カフェ経営、フラワースクール事業、高級ファッションブランドとの共同プロジェクトを成功させたフラワーアーティストのニコライ・バーグマンさん。彼の代名詞「フラワーボックス」は今年で誕生20周年を迎え、それを記念した展覧会の準備に追われていたが、コロナ禍で大幅な見直しを迫られた。この危機をどう乗り切るのか。お話を伺った。

7年間日本の花屋で修業

「私の50%はデンマーク人、残りの50%は日本人です」。流暢(りゅうちょう)な日本語で話すニコライさんの瞳は、澄んでいた。

生まれは、デンマークのドラウェアという古い漁師まちで、「首都のコペンハーゲンに行くのも、隣町に行くのも車で20分というロケーションの小さなまちで育ちました」。

父親は鉢物の卸業、祖父はりんご農園を営み、幼い頃から草木に触れる機会は多かった。父親のヨーロッパ出張に同行しては、体力勝負の展示会の準備を手伝い、自然と心身が鍛えられたという。「いつかは僕のフラワーショップを持ちたい。16歳の頃から夢は一貫していました」と話すニコライさんは、19歳でフローリストの資格を取得し、卒業旅行として訪れたのが日本だった。期間は3カ月と決まっており、平日は父親から紹介された埼玉県川越市の花屋で研修生として働き、週末は池袋や上野などを観光して歩いたという。

「初めて池袋サンシャインシティを訪れたときは『ワオッ』て声をあげて驚きました。あまりにも巨大だったからです。日本はデンマークよりもはるかに都会だと思いました」

帰国後、デンマークの花屋で働き始めたニコライさんだが、どうにも日本が恋しくなったという。日本に惚れた理由は二つあった。

市場規模が大きいことと、職人文化が根強いことだ。「私は大きな市場で、プロフェッショナルな仕事を追求したくて日本に戻ったのです。日本には職人気質な生産者が全国に大勢います。小規模の生産者でも、こだわりを持って丁寧に花をつくっています。私は花に限らず全国のさまざまな職人さんの制作現場に足を運び、技術と心構えを学ばせてもらっています」と話すほど、ニコライさんは日本の文化に詳しい。和と洋が融合する彼のフラワーアートは、日々の鍛錬から生まれたのだ。

いかに花で客を驚かせるか

21歳で再来日したニコライさんは、日本の花屋に就職し、7年にも及ぶ修業を経て独立した。彼の名を一躍世に知らしめたのが、2000年に誕生した「フラワーボックス」だった。

フラワーボックスは、花屋のセオリーを無視した作品といえる。紙の箱に直接生花を敷き詰めるといった斬新なアイデアは些細な偶然から生まれたという。

「あるブランドのプレス発表会で、フラワーギフトを600個、来賓に手渡したいという要望があったのですが、ふんわりとした形状のブーケはかさばり、600個も保管する場所がありません。そこで思いついたのが、箱の中に直接花を敷き詰めるというアイデアでした。箱であれば積み重ねられます」

その後、高級セレクトショップで、フラワーボックスが採用されたことから、ニコライさんの名が知られるようになった。01年に「ニコライ バーグマン フラワーズ & デザイン」のブランドを立ち上げたことでさらに才能を開花させていく。

しかしなぜ、このブランドは急成長したのだろうか。

「花を通して人を驚かせるが私の仕事です」と話すニコライさんの心構えにヒントがありそうだ。「ただ美しいだけでは、人の記憶には残りません。例えば、ホテルの部屋にただバラを飾っても、家に帰って花の話を家族にわざわざしませんよね。大切なのは、サプライズです。私がつくった花に『あ!』っと驚けば、きっとその人は誰かに花の話をしたくなるはず。そのとき初めて花は『物語』になるのです」

フラワーボックスは今や世界から注目されるフラワーギフトの定番になった。海外でももらった人が、「わあ、すごい!」と目を輝かせて喜んでくれるからだ。20周年の節目となる今年、ニコライさんは作品を愛してくれる人に感謝の気持ちを伝えるべく、思い出の地を巡る展覧会を予定していた。しかし、猛威を振るうコロナ禍が世の中を一変させた。

「いい我慢」の先にあるもの

コロナ禍の影響で経済活動が縮小し、多くの企業が正念場を迎える中、ニコライさんは、展覧会を延期することを決断した。

「コロナ禍が終息するのに2年以上はかかるだろうと予測しました。長期戦になるのであれば、すぐにでも経営判断を下さないと生き残れないと思った」

まず、会社の経営状況を一から見直した。取引先の精査、無駄と思われる経費は全てカットした。「ビジネスをこれほど深く掘り下げたのは5年ぶりでした」と、ニコライさんは苦悩をにじませた。

決断力の速さは、デンマーク人の気質かもしれない。新型コロナウイルス対策においてデンマーク政府はヨーロッパで2番目に都市封鎖に踏み切り、経済活動の制限措置、各種救済措置や給付・貸付制度も迅速に整えた。

「デンマークにある私の会社も、社員の給料の8割を国に補助してもらっています。デンマーク政府の有事の対応はかなり早かったという印象です」とした上で、「熟考を重ねて慎重に決断をしようとする日本人の姿勢は素晴らしいことですが、行動しながら考えるという姿勢がリーダーに求められる資質だと思う」と話してくれた。

時代は、‶ウィズ・コロナ〟に突入しているが、現状をどう見ているのだろうか。

「私は『変革のチャンスが訪れた』と捉えるようにしています。人は追い詰められたときに素晴らしいアイデアを思いつくものです。実際、『ステイホーム』をヒントに生まれた新商品がたくさんあって、新たなアイデアが向こう10、20年と会社を支える礎になるはず。悩んだところでコロナが消えて無くなるわけではありませんからね。自然に身を任せつつ、今できることに集中したい」

そんなニコライさんが一番好きな日本語は「我慢」なのだとか。1月に出版された自著にも「いい我慢」というタイトルを付けた。「ストレスで自分を苦しめる我慢はよくありませんが、目標に向かう過程で生じる我慢は“いい我慢”。今は我慢のときだと思います。我慢というニュアンスはデンマーク語にはなく、規律正しい日本人ならではの感性です。日本人は辛抱強く、簡単にはへこたれません。苦難の先に大きな花を咲かせると、私は信じています」

ニコライ・バーグマン

フラワーアーティスト

デンマーク出身。北欧のセンスと細部にこだわる日本の感性をフラワーデザインに融合させたユニークな作品を発表し続けている。 その活動の幅は広く、フラワーデザインはもとより、ファッションやデザインの分野で世界有数の企業と共同デザインプロジェクトを手掛ける。国内外に14店舗のフラワーブティック、カフェやギャラリーなどを展開。2019年にはデンマーク、米・ロサンゼルスにフラワーブティックをオープンさせ活躍の場を広げている

写真・後藤さくら

フラワーボックス20周年を記念した展覧会を2020年11月20日から開催の予定です。詳しくは特設サイトをご覧ください

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