「商圏の拡大は有益だが、顧客の顔が見えないのが不安」と語るのは、ネット販売に乗り出した老舗醸造企業の幹部。高齢化の進展、人口減少に伴い、伝統ある中堅・中小企業でも、旧知の取引先や顧客だけに頼っていては業績が先細りになる。このため商工会議所が仲介するマッチングやオンラインモールに参加し、苦境の打開を目指す例が増えている。半面、いったんSNSを通じて悪評が立つと、経営を揺るがす事態に発展しないか、不安に思う経営者も少なくない▼
消費者行動論を専門とする上智大学の杉谷陽子教授は、企業への評価基準は「二つある」と説明する。商品の価格や品質といった客観的なものと、その企業や商品への「愛着」だ。根拠がなくてもSNSで炎上すると、当該商品を敬遠する動きは強まる。大企業ならば、不祥事発生時には準備された対応策で危機を乗り切れるだろう。スタッフの少ない中堅・中小企業ではなかなかそうはいかない。いわゆる「バイトテロ」で廃業に追い込まれた飲食店が数多くあったことも記憶に新しい。杉谷教授は中小企業の取引を「BtoB」のように「組織対組織」の枠だけで捉えるのではなく「人間対人間」として見るべきだと訴える。取引を最終的に決定するのは相手企業の担当者やトップであり、彼らを納得させるのが重要というわけだ▼
商圏を拡大するとしても、まずは「身近な取引先」を大事にすべきだという。築いてきた信頼関係を積み上げておくことが、窮地の企業を支える「愛着」につながると杉谷教授はみている。経営トップの交代時には、利幅の薄い「お得意さま」を切り捨てる傾向があるが「売り上げ」以外の関係も考慮すべきだろう
(時事総合研究所客員研究員・中村恒夫)