近年は業績の下降もあり、蔵元も減少傾向にあった日本酒業界に吉報が届いたのは、2024年12月。日本の「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産登録が決定した。蔵元だけでなく、日本酒の新たな可能性を探る事業者の挑戦が始まっている。
自らをマーケットクリエイターと自認し 日本の酒と食文化を世界へ輸出
創業63年のいまでやは、和洋酒の店舗販売、オンライン販売、飲食店への卸販売、日本酒やワインの輸出入など、酒に関する事業全般をビジネス領域としている。特に日本酒や焼酎などの輸出に関しては、海外の仲介業者と蔵元との関係構築を重要視して、酒蔵への視察の機会を設けるよう、工夫している。同社は、単に酒を輸出するだけではなく、日本の食文化とともに酒を伝えている。
地域密着の酒販店だったが 専門性を高め、東京へ進出
千葉市に本社を置くいまでやは、1962年創業、当初は地域密着型の酒屋だった。しかし80年代になると、大手量販店の台頭により、地域の酒販店は苦境に立たされた。同社は、生産者である蔵元を回り、信頼関係を構築して、高品質な日本酒と本格焼酎を飲食店に提案することで活路を見いだした。当時、居酒屋などでは有名な銘柄以外が脚光を浴びることはほとんどなく、同社はサンプルを持参して、顧客となる飲食店を開拓していく。この方法は、大手ビールメーカーに勤務経験のある二代目社長、小倉秀一さんのアイデアだった。 「居酒屋や和食店で、こだわりのお酒を売っていただこうと、僕自身が飲食店へ営業に行きました。これが原点ですね」と小倉さんは振り返る。
同社は、94年にはフランスワインの共同輸入を開始するなど、時代の変化と市場のニーズを捉え、日本酒、本格焼酎、ワインの専門サプライヤーへと転身を遂げた。2002年には現在の本社と店舗が完成し、12年には東京・銀座にオフィスを開設して、世界有数の巨大市場である東京に進出した。
近年では、千葉駅、銀座、軽井沢や名古屋と、富裕層向けや情報発信力の高いエリアに店舗を展開している。このうち、名古屋店は百貨店の外商部と連携しているほか、銀座の世界的に有名な高級ブランド店が並ぶ商業施設GINZA SIX(銀座シックス)内に17年にオープンした「IMADEYA GINZA」は、日本酒の情報を世界へ発信する拠点としての役割を担っている。同店で扱う酒を立ち飲みで有料試飲できる“角打ち”があり、インバウンド客が気軽に日本酒を楽しんでいる。
海外パートナーと輸出事業 来日して蔵元の視察も
同社は、日本酒や本格焼酎、日本ワインの輸出事業にも力を入れている。輸出を始めたきっかけは、12年に海外のワインの仲介業者から「日本酒を仕入れたい」という依頼があったことだった。その後、自社の輸出事業部を設立し、現在では21カ国に日本酒などを輸出している。 「酒を輸出したい蔵元もいるし、酒を輸入したい海外の業者もいますが、言語や商習慣の違いが大きな壁になっています。そこで、僕らの輸出事業部が両者をつなぎ、新たなマーケットをつくっているんです」と話す小倉さん。
海外のパートナーとは、現地の日本酒マーケットを育成するビジョンを共有し、長期的な関係を築く。このためパートナーの営業力、倉庫管理能力、教育体制など、仲介業者としての実力を見極めるようにしている。 「店頭に並べたり、メニューに載せるだけで、黙っていても売れる酒なんてないんです。だから、5年や10年かかっても、酒を売り続ける営業努力や、人材への投資をするつもりはあるのかと、僕ははっきり聞きます」と小倉さんは語る。 輸出する日本酒の選び方としては、海外パートナーが現地のニーズをしっかり把握できるかが重要である。SNSで人気の銘柄だけでなく、知名度は低くても品質の高い日本酒を発掘し、現地で販売してもらう。このため、海外パートナーには生産者である蔵元を訪れ、製造現場や日本酒の文化を見て理解してもらうことを必須にしている。また、日本酒は扱い方によっては劣化して味が変わってしまうため、同社は保存方法などの教育も行っている。 「僕らも海外のワインを輸入して販売していますが、必ずワインの生産者のところへ行って、商品を売ってもらえるようにお願いします。だから、日本の酒を売りたいという海外のパートナーにも来日してもらっています」と小倉さんは話す。これは、日本の蔵元と信頼関係を構築し、かつ海外の仲介業者のこともよく知っている同社ならではの取り組みである。
さらに同社では、日本酒の熟成にも着目し、7年前から日本酒のエイジング(長期熟成)を開始した。23年には熟成庫を本店に併設し、1万本以上の日本酒を保管している。「僕らには酒はつくれませんが、付加価値を生むことはできます」と言う小倉さん。例えば、3000円の日本酒を熟成させ、4500円で販売するなど、新たな価値を創造している。こうした熟成日本酒は、顧客から高い評価を得ている。
輸出でマーケット創造 食と酒の文化も伝える
同社では、全体の売り上げ93億円余りのうち、輸出が占める金額は3億円弱と、決して多くはない。それでも輸出事業に力を入れる理由は「マーケットクリエーターという認識を持っているから」と言う小倉さん。「ワインは世界中でつくられているので、ある程度は世界共通言語があります。でも、日本酒はほとんど日本でつくられているので、世界の人には日本酒を飲むという素地がありません。だから、売る側にも飲む側にもエデュケーション(教育)が必要です。そこを担うのが僕らなんです」と、日本酒の輸出における自社の役割を強調する。同社は、日本酒の輸出拡大には、文化の伝承とマーケット創造が不可欠だと考えている。
日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことについては、「蔵元もみんな喜んでいるし、僕らもありがたいと思っています」と言う小倉さん。日本の酒造りに先んじて、13年12月にユネスコ無形文化遺産に登録された「和食:日本人の伝統的な食文化」について触れ、「海外の和食店では、ほとんど外国人がつくっていて、日本人の料理人が本物の和食をつくっているところが少ない。日本酒は食中酒なので、日本の食とのペアリングを踏まえて、文化を伝えてくれる人が必要です」と主張する。このため同社は、日本の食文化や日本酒のペアリングを海外のパートナーに伝え、現地の飲食店や小売店と協力して、日本酒の魅力を発信している。
今後も同社は、生産者である蔵元との信頼関係を強化し、海外パートナーともビジョンを共有しながら、日本酒の新たなマーケットをつくり出していく。日本酒の未来を担う存在として、「国内外の顧客に高品質な日本酒と日本酒文化を伝えたい」と、小倉さんは力強く語った。
会社データ
社 名 : 株式会社いまでや
所在地 : 千葉県千葉市中央区仁戸名町714-4
電 話 : 0570-015-111
代表者 : 小倉秀一 代表取締役社長
従業員 : 115人
【千葉商工会議所】
※月刊石垣2025年5月号に掲載された記事です。