YouTubeで再生回数1200万回以上のヒット曲を生み出し、日本武道館でのワンマンライブの成功を収めたラッパーのG A D O R Oさん。主な活動拠点はずっと地元、宮崎県高鍋町で、2023年より高鍋町ふるさと応援大使を担っている。日常の風景を織り交ぜた等身大のリリック(歌詞)が、時代と場所を超え、リズミカルに多くの人の心に鳴り響く。
生まれ故郷にいながら 全国区のラッパーに成長
音楽好きでもヒップホップやラップとは無縁、なかには演歌一筋という方もいるかもしれない。だが、「知らない」「分からない」と素通りするには惜しい逸材がいる。それがラッパーのGADOROさんだ。彼の音楽ルーツをたどれば、演歌好きの祖母に行き着く。父親不在の期間があり、スナック経営の母親も仕事に追われる中、「ばあちゃんっ子だった」というGADOROさんは、自然と演歌を耳にして育った。演歌も歌いこなす歌唱力を持ち、貧しい生い立ちから生まれた「家賃5000円の安アパート」「四畳半」「しけもく」などのリリックは、どこか昭和にも通じる。
また、人気のアーティストは都会に拠点を移すのが常道だが、GADOROさんの拠点は、宮崎県中央部の沿岸部、県内一小さなまち、高鍋町のまま。2023年からは、高鍋町ふるさと応援大使を務め、まちもまた、GADOROさんの〝推し活〟に熱が入る。JR高鍋駅は期間限定で「たかなべがどろ駅」とし、駅構内にGADOROさんの写真や関連グッズを展示。ミュージックビデオや音楽を流した。まちの洋服店の壁には、GADOROさんの壁画が大きく描かれ、25年9月開催の地元での凱旋(がいせん)ワンマンライブは、チケットの発売日に即時完売する人気ぶりだ。
だが、GADOROさんは言う。 「ふるさと応援大使になったのは、迷惑をかけた地元への恩返しです。周りが引くほど、ずば抜けて自己中心的な子どもでしたから」。
ラップにのめり込み 反骨精神で努力を重ねる
素行は、決して褒められるものではなかったようだ。 「鬼ごっこをしていて、追っかけてくる鬼に腹を立てて殴ったり、サッカーをしていてボールを追いかける敵チームの子の足をわざと蹴ったり、〝愛のないジャイアン〟みたいな子でした」
目に余る言動に、周囲から孤立した時期もあった。プロ野球選手に憧れる野球少年だったそうだが、夢もはかなく消えた高校2年生の時、衝撃を受ける音楽と出会う。それが日本を代表するラッパーの一人、般若さんの曲だった。 「はやりのラブソングや応援歌には興味がなかったっちゃけど、自己の内面を歌う一匹狼のような生き方に強く引かれました」
ラッパーを志したわけではなく、趣味でフリースタイル(即興で行うラップ)を楽しむ程度。だが、勉強も仕事も不得手で、失敗やけんかで長続きしない中、興味を持ったのが苛烈なラップの応酬で競う、ラップMCバトル大会だった。出場するといきなり勝ち進むが、優勝すれば全国大会進出という大事な一戦で、プレッシャーに押しつぶされ「小学生の悪口のような言葉しか出なかった」という結果に、バトルファンからの容赦ない批判を浴びた。自信と実力をつけるには練習しかないと、反骨精神で友人を相手に練習に明け暮れた。15年には日本トップを決めるKING OF KINGS(以下K・O・K)でベスト4入り。その後、テレビ番組「フリースタイルダンジョン」にも出演した。17年、ついにK・O・Kで全国制覇し、楽曲制作にも取り組んで、同年1月にファーストアルバム『四畳半』をリリース。iTunesのヒップホップアルバムチャート1位(総合アルバムチャート4位)となり、先行発売のシングル曲『クズ』は、大反響を巻き起こす。気取らない素直なリリック、バトル大会の鬼気迫る言葉の連打から一転、ピアノのソロで始まるメロディアスな音色に優しい歌声……。YouTubeの再生回数は、1200万回以上(25年7月現在)の大ヒットとなっていった。
言葉を磨き続け 平凡な日常を輝かせる
「ラッパーになる覚悟といえば聞こえは良いっちゃけど、自分からラップを取り上げたら何も残らない。前に逃げ続けただけです」
K・O・Kも史上初の連覇を達成するが、その前にあった「フリースタイルダンジョン」のバトルでは痛恨の一回戦敗退を経験している。K・O・Kには「絶対勝たないと人生が終わる」と、遺書まで書いて挑み、連覇の偉業を成し遂げたのだ。以後「思ってもいない過激な言葉で人を攻撃したくない」と、楽曲制作とライブ活動に専念する。
22年には、より活動の自由度を上げるべく、逆風を乗り越えて自身のレーベル「Four Mud Arrows」を、地元の仲間4人で立ち上げた。自身のふがいなさをさらけ出すとともに、地元へ注ぐまなざしの優しさは、『リスタート』『TAKANABE』『HOME』とアルバムをリリースする度に、増していった。楽曲には地名や店名が登場するが、〝地元ウケ〟を狙ったわけではない。日常風景のあるがまま、父親や母親、祖母など身近な人のありのままの表現が、聞く人の胸を打つ。 「ラップは韻を踏むのが特徴で、自分の場合はリリックと韻の踏み方、心地良いメロディーが独創的だとよく言われます」と自己分析し、特にリリックへの研さんには余念がない。歌詞のメモとは別に「韻ノート」を用意し、毎日1単語につき20個以上の韻を踏むワードを書き込んでいる。それも末尾1、2字ではなく、6、7字で韻を踏む難易度だ。 「例えば『彩り七味』という曲のタイトルをお題にすると、心地いい響き、潮の満ち引きなどが挙げられます。韻を踏むことを毎日自分に課して思考をフル回転させています」
努力が報われない経験をした上で、努力を怠らない。それが自信となり、25年3月の念願の日本武道館ライブも相当なプレッシャーの中、やり切った。「かませなかったライブは見ないけど、武道館ライブは500回見ました」と語る表情は明るい。 「高鍋にはサーファーの聖地といわれる蚊口(かぐち)浜や、高鍋大師や古墳群が広がる山があります。海も山も川もあって、店も、とりチーズ定食がおいしい『うを長』や、釜揚げうどんが人気の『小丸新茶屋』、週4日・ランチ営業のみの『味正』のみそラーメンは絶品です」と、地元を語り出すと止まらない。 「これからもここにいよう」と歌うように、高鍋町から全国へ、勇気と感動を届け続ける。
2025年7月に通算8枚目のアルバム『HOME』と2枚組ライブDVDを同時をリリース
ラップ界のトップを走る般若や紅桜、ハシシ(電波少女)ら豪華ゲストを迎えた、会心の1枚。同日に2枚組DVD『四畳半から武道館 at 日本武道館』も発売し、ライブ映像のほか、本人インタビューや当日の舞台裏などのドキュメンタリー映像を多数収録。
GADORO(ガドロ)
ラッパー
1990年宮崎県生まれ。2013年よりラップのMCバトル大会に出場。15年KING OF KINGS(以下K.O.K)九州予選優勝。16年にはテレビ朝日「フリースタイルダンジョン」に参戦して注目を集める。17年にK.O.Kで全国優勝、1stアルバム『四畳半』を発売。18年には史上初のK.O.K連覇。22年5月に個人レーベル「Four Mud Arrows」設立。23年5月より高鍋町ふるさと応援大使に。25年3月に日本武道館ライブを開催、7月にアルバム『HOME』を発売
写真・後藤さくら