2024年の大統領選挙で共和党のドナルド・トランプ氏が返り咲いた。経済政策から外交、安全保障まで、トランプ氏の発言ひとつで世界の市場が揺れ動く。日本企業にとっても、為替・通商・安全保障のいずれにも直接的な影響が及ぶ可能性が高い。上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘さんは、トランプ政治の本質を読み解き、その背後にある米国社会の構造変化を理解することが、これからの経営判断を誤らないための第一歩になると指摘する。
前嶋 和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学総合グローバル学部教授
予想通りだったトランプ大統領の政策
─トランプ政権のこの1年をどう総括されていますか。
前嶋和弘さん(以下、前嶋) 予想通りの1年でした。驚くようなことは一つもなかった。私が「こうなる」と予想していたことが、そのまま現実になっている。
その背景には、保守系シンクタンクが中心となって作成した「プロジェクト2025」という政策集の存在があります。これはトランプ政権のための詳細な実行マニュアルのようなもので、実際、今の政権はそのシナリオに沿って一つずつ現実化している段階と言えるでしょう。
関税、減税、規制緩和、気候変動対策の見直し、多様性の否定、女性の権利の制限、イスラエル寄りの姿勢、ロシアへの歩み寄り―全て想定の範囲内で、まるでデジャブ(既視感)のような1年だったと言っていいでしょう。
―第1次政権時との違いはありますか。
前嶋 第1次政権の頃は、まだ伝統的な政策関係者が一定数影響を持っていましたが、現在はトランプ氏への忠誠心の高い人物ばかりが周囲を固め、閣僚や官僚の人選も“トランプ的な価値観”を基準に行われています。政策の中身よりも、「どれだけトランプ氏に忠実か」が評価軸となり、トランプ氏を支持する姿勢を示すことが出世や昇進の条件になっている。
今の共和党は、一つの政治勢力というより、トランプ氏個人の意向を中心に動く“トランプ党”へと変質しています。その結果、共和党内部でもトランプ氏への忠誠を示すことが優先され、与野党の妥協が成立しにくくなっています。上院では、法案を可決するためにはフィリバスター(議事妨害)※1を止める60票が必要で、単純過半数では動かせません。そのため議会で新法がほとんど成立せず、実質的に何も進まない状態となり、結果として大統領令に依存する政治運営が進んでいます。
※1 上院の「フィリバスター(議事妨害)」とは少数派が多数派を止めることができる制度で、これを止めるには全議員の5分の3(60票)以上の賛成による「クローチャー(討論終結)」決議が必要になる。このため、単なる過半数ではなく、60議席を確保できるかどうかが議会運営の鍵を握る重要な要素となっている。
米国社会の分断とトランプ氏への“忠誠政治”
―議会が機能しない中で、政策はどのように動いているのでしょう。
前嶋 ほとんどの政策が大統領令※2という形で進められていますが、根拠となる法律が古く、不法移民に対しては日本の江戸時代に相当する1798年に制定された「敵性外国人法」、関税措置には1977年に制定された「国際緊急経済権限法」という時代錯誤のような法律を持ち出して、自分の思う方向に無理やり動かしているのです。しかし、追放対象者の中には、長年米国に暮らし、合法的に就労していた人も少なくありません。本来であれば保護されるべき人々まで一律に排除するなど、極めて乱暴な運用が行われています。その結果、司法が個別に「追放を取り消すように」と判断を下す事例が相次いでいるのです。このように、法的にはきわめて危ういのですが、司法判断が出るまで時間がかかる。米国の最高裁は毎年6月末に判決期を終え、10月初めの新開廷まで口頭弁論を行わない“夏期休廷”に入ります。そのため、政策の動きを止められないケースも少なくありません。
関税を巡る裁判でも同様の構図が見られました。例えば、国際貿易裁判所が5月末に、控訴審が8月末にそれぞれ違憲判断を下しましたが、最高裁は10月からの会期を待ち、11月から口頭弁論が始まりました。判断が遅れたため、政権は数カ月にわたって同じ政策を継続することができました。こうした“司法のタイムラグ”を巧みに利用している点が、トランプ政治の特徴でもあります。タイムラグの隙を突いて、政策が動いてしまう。実質的には何も進んでいないのに、「形だけの動き」が演出できてしまうわけです。
※2 大統領令は法律の範囲内で出されるため、効力には限界がある。議会には法改正や新法制定の権限があり、最終的には新しい法律で大統領令を覆すこともできる。また、野党や州政府、企業、民間団体が大統領令の無効を求めて提訴するケースも多い。裁判所で違憲と判断されれば、その時点で効力を失う。
―米国社会の分断は、さらに進んでいるように見えます。
前嶋 そうですね。国全体が真っ二つに割れたまま固着しています。支持する層としない層が、まるで別の現実を生きているかのようです。ニュースもSNSも、見る世界が違う。共和党支持層の中では今でも9割以上がトランプ氏を支持しているものの、それ以外の層は強い拒否反応を示しています。
―SNSでの情報発信も、より強化されていますね。
前嶋 第1次政権時と手法は同じですが、発信体制が完全に整いました。今は報道官をはじめ、広報や官僚までもが「トランプ的発信」を積極的に行う。つまり、政権全体が情報操作の一部として機能しているのです。16年の初出馬の頃、国際協調を重視する専門家や外交官たちは「トランプ政権には入らない」と言っていました。そうした人たちは今も政府に戻っていません。代わりに、トランプ氏に忠誠を誓う人々が政権を動かしている。彼らはトランプ氏以上にトランプ的で、次々に過激な政策を打ち出して自らの実績づくりをしているのです。
―つまり、トランプ氏への「忠誠心」が最大の評価軸になっているということですか。
前嶋 トランプ氏にとって最も重要なのは、自分への忠誠です。政策よりも“忠誠”が優先される。だからこそ、政権内部では人事の混乱が絶えない。一方で、トランプ氏の影響は共和党全体にも広がっています。強い言葉で敵を攻撃する、メディアを挑発する――そんな“トランプ的行動”を取る政治家ほど支持が集まり、選挙でも有利になる。今や、そうした行動を取ると票につながるのです。
キリスト教福音派の価値観を体現するトランプ氏政治
―トランプ氏の支持基盤はどこにあると考えますか。
前嶋 やはり、聖書を神の言葉として文字通り信じている福音派です。米国人口の約25%を占める彼らは投票率が非常に高く、組織力も強い。トランプ氏自身は、敬虔(けいけん)な信者ではありません。過去には長老派の教会に属していましたが、現在は離れています。ただし、福音派の支持を得るために、彼らの価値観を政策に徹底的に反映させている。
彼らの世界観では、男女の二元しか認めない。妊娠中絶は罪であり、気候変動は神の領域に人間が手を出すことだとされる。イスラエル支持も、旧約聖書に基づく「神がユダヤ人に与えた地」という信仰の延長にあります。だからこそトランプ氏は、女性の権利を制限し、LGBTQの多様性を否定し、気候変動対策を否定し、イスラエル寄りの外交を展開する。全てが福音派の票につながる動きです。
―ロシアへの接近もその流れの中にあるのでしょうか。
前嶋 福音派の人々は、基本的にロシアを敵視していません。理由は明確で、ロシアは気候変動対策を否定し、多様性を抑え、中絶を禁止するなど、いわゆる「文化戦争」の文脈で共通する価値観を持っているからです。そのため、福音派の世界観から見ると、ロシアはむしろ“文化戦争の同盟国”と位置付けられる。トランプ氏自身も、そうした支持層の考え方を背景に、結果としてロシアと近い方向の政策を進めているのです。イランへの攻撃も同じ文脈で理解できます。全てが国内の支持層に向けたメッセージであり、外交ですら国内政治の一部といえるでしょう。
―なぜ近年、福音派がこれほど政治的に重要な存在になったのでしょうか。
前嶋 それは人口構成の変化が大きいのです。1990年ごろから35年ほどの間に、米国の人口は2億5000万人から3億5000万人へと増えました。これほど人口が伸びている国は、ほとんどありません。米国の出生率は日本とあまり変わりません。では、どこで増えたのか。移民が流入したからです。
